宿り木カフェ

「イチロウ君はすぐそういう場所で働こうと思ってる?」

『はい』

「色々な人達からそういう場所での勤務について聞いたことは?」

『あります。皆割と否定的ですね』

「これは、老婆心からというか、私の意見として聞いて欲しいんだけど」

はい、という少し強ばった声が返って来た。

『出来ればすぐそういう場所に行かずに、ある程度大きな都市、大きな病院で幅広く経験をしておく方が良いと思うの。
何でかというと、過疎地はそれこそどんな病状の人でも来るから。
それこそ出産から骨折まで。
一つの科に専念できないのに幅広い知識は必要になる。

そうかと思うと、地域によってというか病院によっては思ったより同じ治療ばかりすることが多いから、新しい経験や技能や情報を得にくい。
その分相当な努力をしないとあっという間に医療の進歩に置いていかれるわ』

「それは、理解してるつもりなんですが」

『だからこれは一つの考えだけど、まずは救急救命を力入れている場所に行くと良いと思うの』

「いわゆるドクターヘリとかにも対応しているとこですね?」

『そう。それだと過疎地との連携も勉強できるし、もの凄い経験が出来ると思う。
けど、恐ろしいほどに心身共にハードだけど』

答えが返ってこない。
おそらく考えているのだろう。
しばらくして声がした。

『救急救命の分野は興味はあったんです。
もう少し情報を収集してみます』

「ごめんなさい偉そうに。
素人の一意見だから」

苦笑いでそういうと、あの、と呼びかけられる。

『看護師には復帰しないんですか?』

「それは・・・・・・無理よ」

『なぜ?』

「子供が居るし、なんせ現場から離れすぎたもの。
元々も経験も少なかったから、ほとんど何も知らない素人とかわりないわ」

『なんだかやらない理由を探して言ってるみたいですね』

「えっ?」

急に呆れたような声にびっくりした。

『あっ、すみません、偉そうに。
純粋に勿体ないと思って』

「いやいや、いいのよ」

『聞いていると、未だに気にされてますよね、そういう業種のこと』

「そうね、何だかんだいって必死に勉強して取った資格だし」

『なら、看護師が不足してるのはご存じですよね?
特に高齢化で訪問介護の要請は増え、本当に看護師は不足しています』

「そうね」

『なら復帰されては?』

私は黙ってしまった。
復帰したい、というだけで出来る訳では無いこともわかっているからだ。

『そもそもこの宿り木カフェに登録した理由は何でしたか?』

急にそう問われ、そう言えば、と思ってしまった。
家族のことに疲れ、自分は一体何なのか、専業主婦を持つ子供にとってどうおもうのか、とかそういう事だったのに、彼と話していて、全然違うことを色々考えてしまっていた。

『私の存在意義に疑問、と書かれていたようですが』

「あはは、そんな事書いていたのね。
そこで今見られるの?」

『はい。
お客様の目的をいつも確認するように言われていたのですが、話すのに慣れてしまうと、なんだかその時その時の話題で進んでしまうのだと経験しています』

「そっか、私が初めての客なんだっけ」

『そうです。
いや、本当にスタッフって難しいですね、ってこんなことお客様に言う事じゃありませんでした』

「そう?別に私は気にしないわ。
それに私なんて最初書いたそれを、忘れかけてたくらい。
イチロウくんの話を聞くのはとても勉強になるから」

『だとしたら、これはこれで良いのかな』

うーんと悩んだような声が聞こえる。
そんな彼に私はくすりと笑ってしまった。

『でもやはり最初の目的はそれなりに話すべきです!
もう時間ですし、これは次回お話ししましょう』

「そうね」

『貴重なご意見ありがとうございました』

「ごめんなさいね、こちらこそ偉そうに」

『いえ、それでは』

通話を終え、ヘッドフォンを置く。
夕飯を買いに行くまでまだ時間はある。
私はついでに本屋に寄ってみようと思った。


< 54 / 83 >

この作品をシェア

pagetop