すみっこ屋敷の魔法使い
ざあざあざあざあ。

 延々と、モアは手を洗っていた。夢のなかで触れた悪魔の身体が気持ち悪くて。

 石鹸を何度もつけて、ごしごしと洗う。洗っても洗っても、落とすことができない。記憶の中にこびりついた男たちの穢らわしいものが、落ちない。

 ずっと洗面所にこもっていたからだろうか、心配してイリスがやってきた。ざあざあと水音が鳴り続けていることが気になったのだろう。


「どうしたの、ずーっと手を洗って……」

「穢いので洗っています」

「? 何か触っちゃった?」

「いえ。私の手が穢いので洗っています」


 イリスに問われても、モアは手を洗い続けた。イリスはしばらく黙ってモアを見ていたが、やがてぎゅっと蛇口を止めてしまう。モアが「あ」と言うと、イリスはモアの手をとった。タオルでぽんぽんと手を拭いてくれる。


「ああ~。手がぱきぱきに乾燥しちゃって。こっちにおいで。ハンドクリーム貸してあげるから」

「は、放してください……イリス」

「ん~? やだ」

「イリス……!」


 イリスは手を放そうとしなかった。優しく手を握って、そのままモアを洗面所から連れ出してしまう。


「そうだ、モア。また『すみっこ屋敷』にお手紙が届いていたよ。また助手をしてくれる?」

「え、でも……」

「大丈夫、大丈夫。ほら、おいで」


 イリスはモアが何を言っても解放してくれなかった。イリスはモアの手を掴んで放さない。

 彼の温かい手に包まれると、錯覚しそうになるからやめてほしい。私の手が、彼の側にあっていいものだと。

 そんなモアの心情を、イリスは察しているのだろうか。わからない。でも、彼は手を繋いでくれるから。少しだけ、勘違いしてしまう。

 結局のところ、断ることはできなかった。彼の優しさに引きずられるようにして、モアはまた助手をやることになってしまったのである。
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