すみっこ屋敷の魔法使い

 本日、すみっこ屋敷にやってきたのは年老いた男性だった。名前をウルリクという。杖を突きながら、枯れかけの花を一輪持ってきた。


「おや、この花は……」

 
 花を手にして、イリスは何かに気付いたようだ。
 
 ウルリクが持ってきた花は、一見すると赤い薔薇のようだった。しかし、きらきらとかすかな光をまとっている。不思議な薔薇に、モアも興味を抱く。


「もしかして、魔法をかけています?」

「はい。この花は、私が、亡くなった妻にプロポーズと共に渡した花です。当時、妻は大変よろこんでくれて……。この花が枯れることのないように、なんとか勉強した覚えた魔法をかけたんです。しかし、妻亡き今……魔法の力も尽きかけて……。このとおり、枯れ始めてしまいました」

「なるほど、つまり……」

「はい。この花を蘇らせて、そして、枯れないようにまた魔法をかけてほしいんです」


 モアはぼんやりとウルリクの話を聞いていた。

 そういえば、枯れた花を咲かせる魔法のことが、イリスが持っていた魔導書に載っていたなと思いだす。イリスならこの依頼もこなせるだろう……そんなことをモアが思っていると。


「わかりました。ただ、少し時間をいただけませんか?」


 イリスはそう返事をした。

 イリスならば、このくらいの魔法はすぐできそうなのに。

 結局のところ、今日はウルリクに帰ってもらうことにした。モアはイリスの言動を不思議に思って「なぜ、魔法を使わなかったのですか?」と尋ねてみる。そうすれば、イリスはふふっと笑って、

「きみにやってもらおうと思って」

 と言った。


「え……私ですか? なぜ? イリスがやればよいのでは?」

「いい経験になると思ってね。新しい魔法も使ってみたいでしょ?」

「しかし……」


 そろり、とモアは自分の手を見つめる。

 この手で、ウルリクの大切な薔薇に魔法をかけることなどできるのだろうか。薔薇が、穢れてしまわないだろうか――

 モアが黙り込んでいると、イリスがぱっとモアの手を掴んだ。びく、とモアは肩をふるわせる。


「おいで。魔法を教えてあげるから」

「イリス、でも……」

「大丈夫。モアにもできるよ。ウルリクさんの大切な薔薇を蘇らせる魔法」


 本当に、イリスはそんなことを思ってるの?

 モアは怪訝な眼差しでイリスを見つめたが、イリスはモアに微笑みを向けるだけだった。
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