すみっこ屋敷の魔法使い

 魔法の特訓、というものは苦しい思い出しかなかった。悪魔の魔力を身体に馴染ませるために悪魔に犯されたり、エディに折檻を受けながら魔法の勉強をしたり。

 イリスはそんなことをしないとわかっているのだが、気構えてしまうのは仕方がない。

 屋敷の一室――魔法工房。モアはそこに案内される。

 壁一面にずらりと魔導書が並んでおり、部屋の中央には大きなテーブルがある。テーブルの上にはぐちゃっと魔法道具やノートが置いてあった。イリスは恥ずかしそうに「汚くてごめんね」と言っている。

 魔法工房には、モアは初めて入った。掃除のときも、魔法工房だけは入れてもらえなかったのだ。なんでも、何も知らずに触ると危険なものもあるから、ということらしい。

 魔法工房は不思議な空間だった。魔法道具――たとえば不思議ときらきら輝くフラスコのなかには、小さな銀河が広がっている。たとえば人形が、ひとりでにルンルンと踊っている。まるでこの部屋そのものが生き物のよう。


「ようこそ。俺の魔法工房へ」

「……」


 モアはきょろきょろと見渡しながら魔法工房に足を踏み入れる。とくん、とくんと、不思議に胸が高鳴った。


「花に関する魔法は、俺も勉強中でね。でも、結構使えるようになってきたんだよ。ほら、こっちにおいで」


 イリスがちょいちょいと手招きをする。

 イリスの手には、花の種があった。イリスはポンと花の種をモアの手に置く。そして、指先をくるくると回せば、指を追いかけるようにして光が尾を引いた。やがて光は花の種へ。その瞬間――しゅるしゅると花の種が芽をだしたのである。花はぐんぐんと育って、そして、ポンッとスーパーベナの花が咲いた。


「わあっ……」

「まずは花を咲かせる魔法から。基本中の基本だよ。モア、一緒に覚えていこうね」

「……はい」


 小さく可憐なスーパーベナの花。

 かわいくて、きれい。

 手の平のなかで咲く花。それがあまりにもきれいだったから、思ってしまったのかもしれない。私もきれいな魔法を使えるのかな、と。

 
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