愛の街〜内緒で双子を生んだのに、孤高の副社長に捕まりました〜
低い声音が有紗の耳を刺激して、背中を甘い痺れが駆け抜けた。
 
——忘れられるはずがない。
 
あの夜の出来事は、有紗の人生で最も幸せで、苦しくて、切ない出来事だった。
 
彼が、有紗の身体のどこに口づけ、どんな言葉を囁いて、どんな風に愛したのか、一瞬一瞬が心に焼きついている。
 
たとえ忘れようとしても、忘れられるはずがない。
 
甘い記憶に支配されて、熱い息を吐く有紗を、龍之介が射抜くように見つめている。

顎に添えられていた大きな手が、ゆっくりと有紗のうなじに移動する。

「……嫌なら、殴れ」
 
低い声を聞いたと同時に、熱く唇を奪われた。
 
二年ぶりの彼の唇の感触は、有紗をあの夜へと引き戻す。

ただなにも背負わずに、彼だけを愛していた、彼しか目に映らなかったあの夜の自分へと。
 
素早く入り込んだ彼の熱が、有紗の中で暴れ回り、有紗の中の頑なな心を溶かそうとする。

なにもかも忘れて、この腕に身を任せろと攻め立てる。
 
普段穏やかで紳士的な彼からは想像もつかないほど荒々しい口づけに翻弄され、次第に夢中になっていく。

「ん……、んんっ……」
 
熱い息を混ぜ合って、強い想いを受け止めながら、有紗は、自分の中の本当の不安が少しずつ姿を現すのを感じていた。

 ——本当は、ただ怖いだけなのかもしれない。
 
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