愛の街〜内緒で双子を生んだのに、孤高の副社長に捕まりました〜
謝罪を繰り返す有紗に龍之介はしばらく考える。そして静かに口を開いた。

「社員は仕事をするために会社に来ている。だからここで築かれる関係は仕事ありきの関係だ。だが私は仕事を離れたところでも社員を大切にしたいだんだ。皆、ひとりひとりに人生があり、家族がいて大切なものがある。それらが仕事よりも優先されるのは、あたりまえのことだからね」
 
優しい言葉に、有紗は目を見開いた。そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。

「もちろん君がいなくなるのは残念だ。私にとっても会社にとっても損失だ。でも私は、君の決断を応援したいと思う。自分のキャリアをストップしてでも大切なお父さんのために故郷へ帰る。その選択を」

「副社長……」
 
有紗の視界がじわりと滲み、あっという間に涙が溢れた。
 
キャリアを捨てて故郷へ帰ることについて、迷いがないわけではない。大好きな仕事をできなくなるという寂しさでいっぱいだ。
 
不安でいっぱいの心が、少し救われたような心地がした。

「人生は、選択の連続だ。それが重いものであればあるほど常に不安がつきまとう。そこに明確な答えはない。だからこそ、決めたなら自分を信じて精一杯やりなさい」

「……はい、ありがとうございます」
 
報われた、と有紗は思う。
 
たくさんの選択と決断を下してきた彼からの助言は、これからの自分にとって大切な道しるべとなるだろう。
 
高望みだとしても、分不相応な恋だったとしても、この人を好きになってよかった。彼を愛した自分を誇らしく思うくらいだ。

「ありがとうございます。私……精一杯頑張ります」

「応援してるよ。ただ……今はまだ考えられないとは思うが、状況が変わってまたこちらへ来ることがあったら連絡してくれ。相談に乗るよ」
 
そう言って彼は有紗をジッと見つめたまま沈黙し、なにか考えている。

「君はもし私が……」
 
言いかけて、口を閉じた。そのまままた逡巡している。

「副社長?」
 
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