クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 愛菜さんが立ちあがり、私のそばまでやってきて眉間を寄せ、いびつに笑う。

「薄汚れた血筋のあんたが、柊梧さんみたいな素敵な人と結婚できるなんて、一瞬でもいい夢をみれたんだから、いいじゃない」
「い、や……」
「いますぐ出て行ってよ。離婚届けなんかは、こっちでやっといてあげるから。とりあえずあの離れに戻っておいて」

 吐く息が震えた。
 ひとりで過ごした、あの離れ。静かに、目立たぬようひそやかに過ごした、私の育った場所。
 ……柊梧さんの温かさを知ったいま、あそこで暮らすことは死ねと言われているも同然に思えた。
 必死で首を振る。

「む、無理です」
「なにをわがままな。さっさと荷物をまとめなさい、海雪。あたしの言うことがきけないの」
「――聞く必要はない、海雪」

 低く、少し掠れた聞きなれた声がリビングの入口から聞こえた。ばっと振り向けば、眉をきつくきつく寄せ険しい顔つきの柊梧さんが肩で息をしながら立っている。その肩には、小さな雪の粒がついていた。

 ああ、雪が降りだしたのだ。

 思考のどこかで、冷静にそんなことを考えた。
 柊梧さんはつったっているだけの私のところまで大股で歩いてきて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。後頭部に大きな手のひらが回り、彼の肩口に押し付けられるように撫でられる。

「あの、柊梧さん。その子に触らないほうがいいですよ」

 優しい猫撫で声でお義母さんが言う。

「それはね、夫の愛人の子なんです。本当に娘かも疑わしいわ、ふしだらな、泥棒猫の、男を誑し込むしか能のない……」
「黙れ」

 柊梧さんは地を這う声で言って、お義母さんを睨みつけた。

「俺の妻を愚弄するな」
「あのう、柊梧さん」

 さっと話に入り込んできたのは愛菜さんだった。

「兄から聞いてませんかあ? あたしが今日から、あなたの奥さんなんですけど?」
「聞いた」

 その答えに、びくっと肩を揺らす。その肩を、柊梧さんは大きな手のひらで撫でてくれた。
 心配ないと、ここにいていいのだと、そう告げるように。

「だからこそ戻ってきた。高尾から連絡をもらった瞬間、腑が煮え繰り返るかと思った」

 見たことのない、怒りに満ちた表情で柊梧さんは愛菜さんを睨みつける。

「俺の妻は生涯、海雪だけだ。海雪だけが俺の唯一だ」
「……柊梧さん」
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