クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 焦燥をその端整な顔一面に浮かべ、柊梧さんが私の顔を覗き込む。
 いつのまにか帰宅していたらしい。少し薄暗いリビングで、私はゆるゆる首を振る。

「違うんです……私も、かわいいちゃんも元気」
「ならどうして」

 私は母子手帳と、育児ノートのことを説明する。
 柊梧さんは納得して私の横に座り、育児ノートを手に「見てもいいか?」と聞いてくる。頷くと、丁寧な手つきで彼はノートを開く。

 私も横でそれを覗き込み、「あ」と小さく呟いた。

『赤ちゃんの名前は、海雪に決めました。マリンスノーの海雪です。妊娠中、水族館で展示されているのをみたとき、初めてお腹でぽこぽこと動いてくれたの』

 やっぱり、この名前、お母さんがつけてくれたんだ。

「マリンスノー……って」
「海に潜るとみられる、海中を雪のように降ってくる、小さな粒で……炭酸カルシウムや、有機物、それからオパールの粒なんかも含まれているそうだ」
「オパール」

 そう繰り返しながら、そっと想像する。

 深い濃藍の海のなかに、ゆっくりと降り積もるきらきらした雪の粒を。

「すてきですね」
「……ずっと、いい名前だと思っていたんだ」

 優しい声の雰囲気に、私は彼を見上げて首を傾げる。

「もしかして、お見合いのとき、名前の由来を聞いてくださったのって……それを伝えたかったんですか」

 柊梧さんは「む」と眉を寄せて、でも頬が少し赤い。
 あまりにかわいらしくて、肩を揺らしてくすくす笑ってしまう。そんな私を見て、彼もまた笑った。

 幸せだと、心の底から思う。
 幸福が降り積もっていく。まるで海に降り積もるマリンスノーみたいに。




 ところが、その数日後。
 知られていなかったはずのこの家に、お義母さんと愛菜さんが訪ねてきたのだ。
 玄関を開けなかったところ、庭に回って大騒ぎをされ、やむなくリビングに入ってもらった。お隣の米軍将校の奥様、フォックス夫人が心配そうな顔をして庭に出てきてくれたから、慌てて頭を下げる。

「まったく、何様のつもりよ」

 そう言ってお義母さんは苛ついた様子で庭から直接、ハイヒールのまま家に入ってきた。愛菜さんも続く。

 様子が変だ。

 いつも私に対する侮蔑を隠さない人たちではあった。それは実母や、私の生まれのせいもあっただろうからと享受してきた。

 けれど、でも……と逡巡しながらふたりを見つめる。
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