星川学園にようこそ!

入学式 4

 私とお母さんは、いっしょにろうかを歩いていく。
「中等部の校舎、初等部とあまり変わらないわね」
「外見もそっくりだしね」
「このろうかも、歩いているとなつかしくなるわ」
「お母さんったら、卒業式に来てくれたばっかりでしょ」
 つい先月だ。それでも、お母さんはだいぶ無理して仕事の休みをとったみたいだけど。
「卒業式の前は、ぜんぜんこの学校に来れなかったでしょ。6年生の運動会や学芸会にも行けなかった」
「仕事があったもん、仕方ないよ。私も大丈夫だから」
 かつてのお母さんは、運動会でも学芸会でも、お父さんといっしょに必ず来てくれていた。
 変わったのは、りっかちゃんとお父さんがいなくなってから。私をひとりで養うために、お母さんは仕事に追われるようになった。
「結局、卒業式の前にここに来たのは、あなたの5年生の授業参観だったわね」
「あの授業参観、覚えててくれてたんだ」
 それだけでもうれしい。
「授業中なのにあなたが……いえ、何でもないわ」
 ――フルートを演奏するまねをしていたことも、きっちり覚えているわ。
 お母さんは、こう言おうとしたのだ。それで宮原先生に注意されて、私もお母さんも顔がまっ赤になった。
 フルートの演奏会が近づいていて、たくさん練習していたからなんだけど……
 私がフルートをしていたことは、今のお母さんにはつらい思い出なんだ。
「お母さんは、私が中学生になってうれしい?」
 おずおずと、私は聞いてみる。
 すると、お母さんは私の腕を抱いてきた。
「うれしいに決まっているでしょう。こんなに元気に育ってくれて、どんどんおとなになっていくのが楽しみだわ」
 よかった。今日くらいは、お母さんはお母さんでいてくれた。
 やさしくて、私のことを一番に考えてくれる。
「仕事が終わって、お父さんと律歌に入学式の写真を見せるのが楽しみなのよ」
「だったら、とびきり笑わないとだね」
 不安そうな写真にしたら、りっかちゃんが心配してしまう。
 私とお母さんは、校舎を出た。玄関の前で、お母さんはバッグからスマートフォンを取り出した。私の写真をとってくれる。
「制服、にあってるかな」
「当然でしょ。とってもきれいよ」
 お母さんは言いながら、もう1枚とってくれた。
「そうだよね」
 りっかちゃんがもし生きていたら、何て言ってくれてたかな。
「次の場所、行きましょう」
「桜の木はこっちだよ」
 私が指さした先には、立派な桜の木が花びらを散らしている。学校の校舎の3階まで届きそうな、とても大きな木だ。
「律歌の入学式を思い出すわ」
「そうだね。りっかちゃんもあの桜が好きだった。花びらで遊んだりしてたし」
 両手でこぼれんばかりに持った桜の花びらをお空に向かって投げて、はしゃいでいた。
 りっかちゃんが桜の木の下で走りまわっている。そんな様子まで見える気がするよ。
 私とお母さんは、桜の木の根元まで来た。お母さんはここでも、私の写真をとってくれる。
「ねえ、せっかくだし、お母さんもいっしょがいいな」
 何枚かとってもらったところで、私は言った。
「そうね、でも誰かにとってもらわないと」
「あの、でしたらとりましょうか」
 知り合ったばかりの子の声が聞こえた。
 ほだかくんだ。
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