目と目を合わせてからはじめましょう
 ベンチに座ることもなく、すぐに、岸川が口を開いた。

 「太一にしては、珍しい怪我だったのよ」

 「そうなんですか。何も知らなくて……」

 「でしょうね。あなたに言っても仕方ないもの」

 仕方ないなら、言わなければいいと思う。


 「そうですね。私には警護の事は分かりませんから」

 「はっきり言わせてもらうけど、今回の怪我は、集中力に欠けてたとしか言いようがない。今まで一度だってこんな事はなかった。あなたに会うまではね」

 岸川は、雨宮が怪我をしたのは私のせいであると言いたいのだろう。とにかく岸川の話を聞くしかない。


 「太一が、どんな思いでこの仕事をしているのか、あなたは知っているの? 私は、ずっと太一を見てきた。太一にどんな人間が必要なのか? ずっと考えて、太一に相応しい相手になるために、自分の事は自分で守れるように強くなったの。太一には信頼できる強い人間が一緒にいる事が必要なのよ。太一を、不安にさせないで!」

 「私が、太一さんを不安にさせているって事ですか?」

 「呆れるわね、自分でわからないの? あなたみたいに誰かに守ってもらて生きている人にはわからないわ。太一はあなたを守ろうとしてる。それが、太一を仕事に集中できなくさせてるのよ」

 岸川は、私を真っ直ぐに、綺麗な目で睨んだ。私も、じっと岸川の目を見る。

 本当に雨宮は、強い人と一緒にいたいと思っているのだろうか? 確かに、私は雨宮の力にはなれていない。

 でも……


 「岸川さんのおっしゃりたい事は、よくわかりました。確かに、私は太一さんの相手として力不足だと言うことは十分に自覚してます。でも、私がどんな人間だとしても、決して太一さんは仕事にはきちんと切り替える人です。決して、仕事をおろそかにするような事はしません。それだけは、はっきり言えます」

 「えっ? あなたは、太一の怪我が自分のせいじゃないっていうの? 信じられない……」

 「私のせいでは無いといい切るつもりはありません。だけど、太一さんの正しいな判断だったのだと思います。それに、どんな人と一緒にいたいのかは、太一さんが決める事ですから」


 「あなたにはわからない。絶対にわからない!」

 冷静な岸川の表情が、苦しそうに変わった。

 「そうですね。わからない事ばかりです…… 」

 そうなのだ、相手の気持ちや考えなんて、百パーセント分かるわけなんてない。怖いのは、自分の気持ちを押し付けて、分ったつもりになることだ。

 岸川は何も言わずに去ってしまった。
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