婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「…詳しいことは、何も聞かないでおくね」

ここまでくると、もはや彼の出生を知るのが怖くなってくる。翔くんが自分から話さない以上、私から詮索するのはやめておこう。世の中知らなくてもいいことって、結構あると思うの。

「そうしていただけると助かります」

ほら、正解だよ。聞かなくて正解。翔くんの素性より、今はこの急展開に備えよう。べりが丘の高級住宅街育ちの私だけど、それ以外は平々凡々の一般人。金箔が散りばめられた重厚感ありすぎのエレベーターなんて初めての経験で、この扉の先に何が待ち構えているか不安で仕方ないのだ。

上昇が止まって、静かに扉が開く。オフィスエリアとは打って変わったシックな雰囲気に包まれて緊張が解けない。
ワインレッドのふかふか絨毯に躊躇する。仕事終わりのビジネスマンな風情だけど、足を踏み入れていい境界なのかな。

1歩踏み出せないでいると、翔くんは私を見て微笑む。

「俺に任せておいてください」

なんだろう、やけに似合うな。この場に、翔くんはめちゃくちゃ馴染んでいる。背景に薔薇が飛んでそうな勢いだ。だからか、雰囲気が、いつもと違う。懐っこい笑顔が可愛い後輩じゃない。
私は頷くので精一杯。エスコートしてくれる翔くんの背中が大きくて逞しくて、年下とか関係なく、大人の男性なんだなって思わされる。どくんどくんと胸が鳴るのは、緊張のせいだよね。

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