婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~

「翔くんのほしいもの、買いに行こう」

席を立てば、ごく自然に手を繋がれる。並んで歩く姿は家族連れやカップルに溶け込んで、どう見ても恋人だろう。

やってきたのは4階のインテリア雑貨店だ。翔くんは迷うことなく生活雑貨のコーナーへ。
彼が手に取ったのはスリッパだ。
お客さん用のスリッパは私が借りているのを除いても3足はあったはず。今度友達を沢山招いてパーティーとかするのかな? だとしたら、その日は私は自分のマンションか実家に帰ろう。恋人はフリなだけで、彼の友人までおもてなしするのは私の役目ではないし邪魔はしたくない。
と勝手に想像を膨らませていたけれど。

「これとこれ、どっちがいいですか?」
「え? 私が選んでいいの?」

お客さん用でしょう?

「はい。これは小春さん用なので」
「え、!? 待って、じゃあ翔くんのほしいものって…」

聞きながら、もう確信せざるを得なかった。

「小春さんのスリッパです。 いつまでも来客用を履かせるわけにはいきませんから」

彼は真面目な顔で答える。翔くんがほしいもの。付き合ってほしいってわざわざ車まで出して、結局私のことを考えていたの?

「あなたってほんとに……自分のものは自分で買うよ。 気持ちは嬉しいけど、翔くんはもうちょっと自分のことも考えた方がいいと思うの」
「…考えてます。あなたを俺でいっぱいにしたいから、俺が買ったスリッパを履いてほしい、って。ね? 十分自分本位でしょう?」

だとしたら、とても献身的な自分本位だろう。どうしてそんなに真っ直ぐに私を見つめるのか、私の何がそんなにいいのか。もう分からない。彼がここまでする何かが私にあるとは思えない。それとも、何かきっかけがあった?…心当たりはまるでない。
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