婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「ちなみに、こっちだと俺のと色違いです。おすすめはこっち」

にっと笑って右に持ったスリッパを掲げて見せて、翔くんはなおも私に選ばせようとする。究極の二択だ。絶対右にするべきだと顔に書いてある。それに何より、そちらを選ばなかったら彼は落ち込むのだろう。それでも最後には、小春さんの気に入ったのがいちばんです、って笑うんだ。

「…じゃあ、こっちにしようかな。可愛いし、部屋の雰囲気にも合いそう」

ここでまんまと右のスリッパを選んでしまう私も私だ。彼はどう思うだろう。鋭い彼だから、今日ずっと、私が動揺を隠せないことはバレてるんでしょ?
翔くんがスリッパを買いに行く間、私は店内をぐるぐると回った。簡単に育てられるミニサボテンとか、梟の形をした箸置きとかを見て落ち着こう。

翔くんが戻ってきてこの日の目的は達成できた。他に買い物をしなくていいのかと気遣ってくれたけど、十分楽しめたと答えて、私たちは暗くなる前に翔くんの運転で帰宅した。


部屋に入って新品のスリッパを履いて丁重にお礼を伝える。それから言う。

「やりたいことがあるから部屋にいるね。 夕飯は適当に残り物を消費しよう。あ、あと明日の朝も、私の分は気にしないでいいから」
「一緒に食べないんですか?」
「うん。 ごめんね」

翔くんがちょっと寂しそうにする。嘘をついて彼を避けようとしているだけに罪悪感が芽生えないわけがない。でも、これは必要なこと。意思の弱い私が、物理的にあなたに惹かれないように。壁を隔てるのを見逃してほしい。
彼は控えめに笑って、分かりましたと答えた。「食事はちゃんととってくださいね」と私を案じる言葉に、胸がきゅっと痛かった。


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