余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。
「更なる研(さん)を期待するとしよう」

 その男は浮いていた。血塗れの黒い軍服姿で。

 伯爵ではない。

 血を思わせるような真っ赤な瞳に漆黒の髪。背は2メートル近いが線は細い。妖艶な笑みの似合う美丈夫だ。背中からは(からす)を思わせるような黒い翼が生えていた。

「……悪魔……?」

「さあな」

 敵わない。本能的に理解した。

(決断……しなければ)

 戦う以外の選択を。戦わずしてミラを、この村の人々を守る選択を。

 エレノアは意を決して口を開く。

「降伏、致しますわ」

「っ!!? エレノア様――」

「貴方の目的はわたくしなのでしょう? ともすれば、これ以上の争いは無用であるはずです」

「まっ、待ってください! 何言ってるんですか!!」

 ミラは半ば(すが)りつくようにしてエレノアの肩を掴んだ。エレノアは目を伏せた後に、そっと彼女の耳元に顔を寄せる。

「ゼフのメッセージをビルに。皆の治療を頼みます」

「っ! そっ、そんな――きゃっ!!?」

 ミラの体が吹き飛ばされた。魔物の仕業であるようだ。ミラの華奢な体が地を滑り土煙を上げる。

「ミラ――っ!」

 悪寒が走った。気配を感じる。じっとりとした冷たい気配が。

「案ずるな。手荒な真似はしない」

「っ!!!??」

 エレノアの視界が黒くて透明なガラス板で覆われた。

『なっ、何!?』

 周囲には黒い(もや)が立ち込める。反射的に結界を張った。靄は恐れ(おのの)くようにして離れていく。

「見事な結界術だ。実に美しい」

 眼前に魔物の顔が迫る。異様に大きい。視界いっぱいに赤い瞳が広がった。

(……そう。そうなのね。わたくしもゼフのように……)

 エレノアが予想した通りだ。彼女もまた5センチ大の黒水晶に捕らわれてしまった。

「これは見ものだな。何年……いや何日持つかな?」

 魔物の物言いから察するに、この瘴気に呑まれたら最期。伯爵のように洗脳あるいは肉体を乗っ取られてしまうのだろう。

(……場合によっては)

 白いポシェットに手を伸ばす。中には短剣が入っている。もしもの時のために忍ばせているものだ。

「……せ」

(!!!!)

「来たか。幼き勇者よ」

 丘の下へと続く道の先には、例の少年・ユーリと村の自警団の姿があった。
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