呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

オマケ

「ん、熱は無いな」

コツン、と額を合わせて熱を測る。
擽ったそうに笑うエルディアーナは今日も可愛い。

「大丈夫よ?昔よりは寝込まなくなったもの。ギルのお陰で」

それでも、毎朝の儀式になってしまっているこの行為をやめようとは思わない。

あれから人形に戻ってしまったギルベルトは、それならと遠慮なくエルディアーナに触れる。

頬を擦り寄せて、目尻にそっと口付ける。

「うん。今日も可愛い、俺のエルディアーナ」

鼻の頭に軽いキスを落として、淡い桃色をした形の良い唇へとーーーー。

それは小鳥が啄むような、愛らしいものだったが、ギリギリ唇だと言い張れるくらいの場所に落とされた。

ーーーーあれ?

間抜けにも疑問に思えば、エルディアーナの腕に金髪の少年が抱き着いている。
ギュッとしがみつくその仕草に、引っ張られたのだろう、エルディアーナの首が僅かに傾げていた。

ーーーーまた失敗した。
唇へキスをしようとすると、必ず入る邪魔。
まさか、母上(ババア)の呪いじゃ無いだろうな!?

「エルディアーナ、おはよう!お腹空いたね早く着替えて食堂に行こうよ」

フフン、と勝ち誇るリカルドの顔は、憎たらしい位にドヤっている。
しかも、ドサクサに紛れて、おはようのキスまで強請っているのは頂けない。
それはギルベルトの特権なのだ。
朝一番にエルディアーナからキスを貰う、これは譲れない。

たかが挨拶、されど挨拶。
キスが頬であろうと、その日の一番なのだ。

ギルベルトはリカルドの左耳朶を思いっ切り引っ張った。

「なっ!?ーーー」

するとポフンと音を立てて、金色の毛並のネズミが現れる。

「に、すんだよ?ギルベルト!」

コイツの母親に聞いておいて正解だったな。

ーーーーリカルドがエルちゃんに『おいた』をするようなら、左の耳朶を引っ張ってちょうだいね。

セコいと言われようが、何だろうが、今日もエルディアーナの一番のキスを貰う為に頑張るギルベルトだった。








小さな明り取りの小窓ーーーーとも言えない、粗末な鉄格子の隙間から朝日が入り込む。

地下に位置する牢屋は、明け方に降った雨の所為で水が滴り落ちる。
ピチャン、ピチャンと石畳を叩く、濡れた音のお陰で眠れなかったシシリアは、苛立ちも顕に檻の鉄格子を掴んでは揺する。

「ここから出しなさいよ!」

金具の錆びた臭いと、水が腐った饐えた臭い、苔のカビ臭ささが鼻をおかしくする。
揺れた髪の毛はべた付いて、悪臭がしてきた。

ここにいるのはエルディアーナの筈だ。
自分じゃない。
断罪されるのはあの女の役目なのに、何故自分がこんな目に合わなくてはならない?

裾の汚れたドレスが水を吸ってしまい重たい。
エルディアーナを断罪する為の大広間。
綺羅びやかな舞台に立つヒロインに相応しいように作らせた、それが台無しだ。

テオバルドが連れて来た老婆と魔人、突き付けられた証拠の数々はシシリアの言い訳を一蹴した。

あの女だって買っていたじゃない!

そう言った所で、国王側に居たもう一人の老婆が一歩前に出た。

目深に被った黒いローブを取ると、皺だらけの顔がみるみる内に妙齢の美女に変わる。

どことなく、ギルベルトに似ている気がしたが、まさか精霊の女王ティターニアだったなんて!

「そうね、エルちゃんに売ったのは私よ」

それからはあっという間だった。
冷たい美貌の公爵は何の慈悲もシシリアに与えなかった。

魔王公爵の異名通りじゃない!流石悪役令嬢の親だわ!
思わず口に出た言葉に、頬へと衝撃が走る。

殴られたのだと気が付いたのは、よく磨かれた窓ガラスに映った自分の姿を見たからだ。
鼻から出ている黒い筋は、血のようだった。

「口を慎め」

容赦ない近衛師団の騎士が、シシリアに吐き捨てた。

引き摺るように連れて来られた牢獄は寒くて、文句を言えば投げられた麻のゴザ。
味の無いスープと、硬いパンが食事だと言う。

辛うじてトイレは魔導具を貸してもらえたが、粗末な物だ。

叫び続けて声も枯れたシシリアは、反応も無い牢番に悪態を付くとギリッと長く伸びた親指の爪を噛む。

ーーーーギルベルトは何をしているの!?
早くあたしを迎えに来なさいよ!

あれだけの魅了の香を焚き染めていたのだ。効果はあった筈。
断罪劇のあの日、居なくなったと報告されたっきり行方が分からない。
ギルベルトはフラフラとする性分だし、束縛を嫌う質だが、ヒロインの危機なのだ。

絶対に来るはずよ。
あの女から開放してあげた恩もあるんだし。

ギルベルトは女から女へと渡り歩き、プレイボーイさながらのキャラだ。
だが、その根底には女を軽蔑し、不信を抱いている。
実は女嫌い、女性不信の塊だ。攻略の難しさはゲームの中でピカイチだ。

だが攻略に成功したヒロインによって、その殻を壊されてからは、ガラリと変わる。

シシリアを、それはそれは大事に、大切にするのだ。
真綿で包むなんて通常運転で、一筋の傷さえ作らせない。
逞しい腕の中に囲い、甘く囁く睦言と、繰り返される口付けは、隙あらば。
甘やかに見つめてくる瞳は、時折野禽類の獰猛さと、恋い焦がれた情欲を滲ませる。

たった一人、唯一と、己の精霊魂を預けてまで耽溺するのだ。
真綿どころか、何ものからも護る、大きな翼をもって。

シシリアはうっとりと呟く。

「早く来てーーーーギルベルト」









「ヘックチッ!」

ブルル、と震えたギルベルトはズズっと鼻を擦る。

ーーーー妙な寒気がしたな。誰か噂でもしたか?

「ギル、寒いの?ここに入る?」

ギルベルト的には、もう通わなくても良いだろう?と、思う学園に向かう馬車の中で、エルディアーナが制服の内ポケットに招く。

すっかりギルベルト本来の姿を忘れているらしい。

「ーーーー良いのか?」

一応の確認は取る。
本来ならば止めるであろうルーシは里帰り中で今はいない。

「どうぞ、王子様?」

折角のお誘いを無碍にはすまい。
早速豊穣の女神に触れる場所へと潜り込む。
大きめのポケットだと思ったのに、意外と狭く、キツめだ。
だけど暖かくていい匂い、しかもふわふわと柔らかい。
ぬくーっとモフっと、心地よい。

ーーーーんん?モフって何だろうか。


「やぁ、ギルベルト。先にお邪魔しているぞ」


ギルベルトは金髪ネズミをポケットに押し込むように、思いっ切り踏みつけた。




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読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)


ボチボチと遅いですが、連載版を書いております。
取り敢えずダイジェスト版の部分迄は書いてから投稿しようかと思ってます。
繁忙期で中々進みませんが•••••(ノД`、)

こちらには、オマケのオマケのような小話をメモ代わりにたまに更新する程度ですが、置いたままにしておこうかなと。
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