呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

二人の転生者

一緒に探してやると言った手前、手抜きはしない。

していないのだがーーーー。

「見つからないな。あの母上(ババア)の性格上、面白がって様子ぐらい見てるだろうが」

そう、老婆の飴屋に化けて揶揄いに来そうなものなのに、王都に痕跡一つ無いのだ。

《おうじー!こっちにもいなかったよー》
《王子ー!黒い魔女ならいた!》

また黒い魔女か。
ここ数年やたらと見掛けるが、奴等は質が悪く、魅了の道具だの、薬物だのを人間達に振り撒いて混乱を齎しては楽しんでいる。

エルディアーナには絶対に近寄らせたくない輩だ。

「もう直ぐ雪になる。積りはしないだろうがーーエルはまだいつものカフェにいるな?風邪を引く前に屋敷に戻るぞ」

黒い魔女には一応見張りを付けておくか。
ギルベルトは闇の精霊に言付けると、エルディアーナが居るカフェに向かった



ギルベルトとエルディアーナが出会って、もう八年目の冬を迎える。
ギルベルトの呪いは解けず、相変わらず小さいままだが、慣れとは恐ろしいもので、今ではすっかりこの生活を満喫している。

それと言うのも、公爵家の唸る財力で作らせた、ギルベルト人形サイズの生活用品がアレコレとあって、不自由が無いのも大きい。

しかも、この『人形の館セット』は、公爵家の持つ商会が玩具として売り出し、馬鹿売れしているそうだ。
貴族用、庶民用と様々だが、中には動物の家族が暮らす家もあったりと、シリーズ化している物もある。

他にもエルディアーナの思い付きで、次々とヒット商品を産み、公爵家は唸る財力が、そろそろ吠えるんじゃないかと思う位だ。

今では、スラムの一番少ない領なのでは無かろうか。
そのうちスラムは消えるだろう事が、想像出来る。
こうだったら良いのに、ああだったら良いね、とエルディアーナの何気ない一言が発端で、それを形に出来るテオバルドの手腕も凄い。

何気ない子供の思い付きに見えて、政治的な、理に適った道筋は、エルディアーナの聡明さを表していた。

ーーーーが。


(だけど、コイツが転生者だったとはなーーーー聞いた時は驚いたが。道理で変わった魂だと)

それでも、エルディアーナが聡明なのは間違い無く、大人びた思考も、身体の年齢に引っ張られて愛らしくなる所も、ギルベルトは気に入っている。

「ーーーークシュッ」

「ん、寒いか、エル?」

揺れの少ない馬車ーーーーこれもエルディアーナの思い付きで開発されたーーーーの中で、ギルベルトはホワっと空気を暖める。

「ギル、ありがとう」

「どういたしまして」

この数年で、すっかり過保護なお兄様の出来上がりであった。





ほんわりと綿みたいな雪が降る。
星が見え隠れしているのでそろそろ止むだろう。
闇に淡く仄かに真白が舞う。雪のある夜は新月でも、真の闇が遠ざかる。

それは穢を祓うようだと、ギルベルトは思う。
エルディアーナもすっかり寝入った後、厚手のカーテンを潜り、窓に侍った。

フルルーーと、空気が揺れると姿を現す闇の精霊。
その手には小さな光る玉を持っている。

言葉で伝えられるよりも、闇の精霊の記憶をギルベルトが観たほうが早いし正確だ。
そっと光る玉を受け取ると、目を閉じた。


黒い魔女は、如何にも大鍋をかき混ぜていそうな老婆だ。
それが真の姿だとは限らないが。

露店を開いている老婆は色取りどりの飴を売っている。

エルディアーナが老婆の飴屋を探しているからか。
公爵令嬢が引っ掛かればこの魔女にとっては随分と『楽しい』事になるだろうからな。

だが生憎エルディアーナにはギルベルトが付いている。
そうヤスヤスと、ババッチイモノを近付けさせる訳無いだろうが。

夕暮れも差し掛かった時間に、一人の少女がやってきた。
艶のある、水色の髪を背中に垂らしたその少女は王立学園の制服を着ている。年の頃はエルディアーナと同じくらいか。

ーーーー学校帰りだな。

『おばあちゃん昨日と同じ飴とーーーそれから、この香水をちょうだい!早くして!』

キョロキョロと周りを伺っているのは、この露店が如何わしいと知っているのか?

『そう慌てるもんじゃ無いよ。お前さんは常連だからね、その顔は上手くいってるのかい?ヒヒッ。こっちの飴は新作だよ。ふた粒オマケに付けとこうかね。香水は高いよ、良いのかい?』

この娘、常連だと?
会話から推測する限り、どうも怪しい効能が付いているのも承知のようだ。
王立学園と言えば、お貴族様の通う学校だ。
身体の弱いエルディアーナは通っていないが、大方の子息令嬢は通っている名門だ。
尤も令嬢は、在学中に結婚が決まり、半数は辞めていくらしいが。

ーーーーテオバルド情報だ。

こんなきな臭い女がいる学園に行かなくて正解だ、エルディアーナ。

『良いから早くして!逸れた振りするのだって大変なのよ。大体どうしてこの場所なのよ。ゲームじゃカフェの所だったのに!バグってんの?』

『向こうの通りは公爵家のご令嬢が良く来なさるからねぇ。警護が厳しくてねぇ。ヒヒッ』

『ふん、エルディアーナの所為ね?!ったく本当に嫌がらせが得意なのね。流石悪役令嬢だわ』

この女、今エルディアーナと言ったか!?
悪役令嬢ってなんなんだ?

嫌がらせと言っていたが、聞き捨て得ならない。

その後も少女は訳の分からない事をブツブツ言いながら買ったものを鞄に仕舞っている。

ゲームの攻略対象だとか、スペックがどうのこうのーーーーイベント発生条件?なんだそれは。

だがーーーー。

『せっかく転生チート付でこの世界に産まれたんだから、楽しまなきゃ損でしょう?フフ、ヒロインの、あたしの世界だもの』

ね、お助けキャラのおばあちゃん!

少女は勢い良く走って大通りに出ていく。
露店は閑古鳥が鳴き、街灯が灯る頃に店仕舞いをした。
店仕舞いと言っても、たった今まであった露店が一瞬で消えたのだが。

そこで闇の精霊の記憶は終わる。


「ご苦労だったな。また頼むかも知れないが、その時はよろしく頼む」

一礼して消えた闇の精霊だが、ギルベルトには見えていなかった。

ーーーーあの女、転生チートとか言ってたが••••••

ギルベルトの脳裏に、エルディアーナとの会話が呼び覚まされる。

エルも似たような、この世界には無い概念の言葉を使う時があった。
それに似た感覚、何よりも『転生』と言ったなーーーーよもや。

「エルの他にも転生者がいたとはなーーーー」

同じ年代に二人もいる転生者。
しかも一人は、かなりきな臭さい。
エルディアーナに対する悪意も、見逃せない。

「これは、なんとしても母上(ババア)をとっ捕まえる!」





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