呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

ババア登場 (ババアと書いて母上と読む)

「エル、エルディアーナ、いたぞ!飴屋の婆さんが!急ぐから転移で行くぞ」

 まだ王都にいる間に見付かって本当に良かった。

「あ、ギル待ってーーーー」

 エルディアーナは文机の引き出しに保管していた麻の鞄にレース編みのリボンやテーブルクロス、刺繍の施されたハンカチ等を入れると急いでコートを羽織る。

 ギルベルトはエルディアーナの首、脈打っている場所に手を触れると、いつもより多く力を引き出す。

 口付ける方が効率的で一瞬で済むが、まぁそれはそれだ。

 エルディアーナに出会う前のギルベルトなら平気で口付けただろうが、今ーーーーエルディアーナに対しては、何か神聖な儀式に感じてしまい、敢えて避けている。

 ーーーーロリコンじゃないしな。

「ん、これ位か。捕まれ、行くぞ!」

 掴まれているのはギルベルトの方なのだが、突っ込みは不在だった。







「ーーーーオイ!ババア!グハッ」

「ギ、ギルーーーー!!なんて事を言うの!すみません、お婆さん。お久しぶりですが、あの、覚えいらっしゃらないと思いますがーーーー」


 ギルベルトの顔をギュムリと掴んで、飴が入った瓶の横におかれる。

 にこやかにエルディアーナと話し出すババアはご機嫌だ。
 覚えていると、会えて嬉しいとも。

 対するエルディアーナと言えば、マジックバックを貸してくれてありがとうと、返す必要は無いと言われたが、庶民には貴重品だし云々。
 エルディアーナ作の刺繍やレース編みの品物をお礼として渡すとババアは嬉しそうだった。

 飴や金平糖が屋敷の皆に評判が良かったとか、硝子の瓶が、思いの他高く売れたから、祖母の薬が買えた使用人の話とかーーーー。

 おい、解呪の話はどこ行った。

「お婆さん、また売って頂けますか?」

「ああ、いいとも!またオマケをつけようかねぇ。コレとコレ、何方が良いか、好きな方を選ぶといい」

 露店のテーブルの隅には二種類の瓶。
 ギルベルトから少し離れている為、精霊が護衛と称して側に付く。

「ババア、ッ痛」

 直ぐ様デコピンを喰らう。

「聞きたい事があるんでしょ。あの子の事で。私も気になってたから聞いてきたのよね、イシュタルに」

 イシュタルーーーー女神か。確かにあのクソ女ならば分かるだろう。
 ギルベルトは、数百年顔も見ていないが。

「それがねーーーー」

 魔王の復活がそろそろだと。
 イシュタルの横で茶を飲んでいた魔王は確かに大きく育ってたわ、とババアは言う。

 必要悪とでも言うのか、世界はバランスの産物だ。
 光だけでも闇だけでも、どちらか一方だけでは存在出来ない。
 静と動、陰と陽、相反する二つは常に表裏一体なのだ。善と悪も然り。

 特に、人間が存在する以上、悪意から穢れまで沢山湧き出る。
 それらを管理し、光とのバランスを保つのが魔王だ。
 ただ、人間が増えていく度に絶対量が多くなり、魔王がそれらを取り込む事でバランスを取るが、膨れ上がって仕舞うと破裂してしまうので、選ばれた人間が浄化して封印するのだ。数十年から百数十年に一度。

 人から出たものだからな。人が浄化する。

 魔王の配下は当然暴れるが、最上位にいる奴等は、世界での役割を理解しているので、魔王同様話の分かる奴等だ。
 その下になると下衆が多くなっていくが。
 その最たるは魔女だな。

「で、当然イシュタルは舞台を整えてるわよ。でも丁度この時期に、【当てはまる】魂が見当たらなかったんですって」

 ホウホウとギルベルトは聞いているが、嫌な予感がビシバシ頬を叩く。

「だからね、知り合いの、確か地球って言ったかしら。そこの神様に頼んで、融通して貰ったみたいなの。二つ。善と悪のね」

 予感が頬にグーパンしてくる。

 善玉がいる以上、悪玉はバランスを取る為でもあったが、善なる魂に試練を与えて、聖なる光に目覚めさせる目的もある。

「で、悪玉の方が先に【私はこっち、勿論ヒロインよ】とか言って、善玉が入る予定の器に入っちゃったらしくて。悪玉が入る予定の器に、エルディアーナちゃんが入る羽目になってしまったと言う訳。どうやら地球ではこの世界にを舞台にした遊戯があったみたいね。乙女ゲームって言うんですって、こんな感じらしいわ」

 ババアに見せられた記憶は、大体こんな感じらしいと言う曖昧な物だったが、どうやって遊ぶ遊戯なのかは、理解出来たと思う。

 ーーーーだからエルを悪役令嬢って言ったのか。

 ヒロインとやらの身体は、イシュタルが時間を掛け、運命の糸を手繰り、強い魂に耐えられる様にしたと言う。

 悪役令嬢の器に入ってしまった善玉ーーーーエルディアーナが、魔力過多で、身体が弱いのはその所為だ。

 入るべき器が違うのだから。

「エルが、あいつがすぐに死にそうになるのは•••••」

「世界が異物として認識しているからじゃないかしら。与えられた役割を果さないんだもの。ヒロインっていうの?そっちの身体の方は、イシュタルの加護があるから無事でしょうし」

「で、どうするんだよ?」

「どうするも何も。エルディアーナちゃんには、貴方がいるじゃない。大丈夫よ、そのままエルちゃんに聖なる光に目覚めてもらって、魔王をチョイチョイッと浄化してもらえば解決するわ」

「ーーーー目覚めさせる条件は?」

「やぁね、貴方と同じよ。愛よ、愛!我ながらベストなタイミングで貴方に呪いを掛けたわー。お陰でエルちゃんの護り手も出来たし、流石は私よねぇ」

 ババアはフフンと得意そうだが、ギルベルトの胸は、何故かチクンと痛む。

 ーーーーなんだよ愛って。

 エルディアーナが、自分じゃない男と一緒にいる姿を想像出来ないし、したく無い。

 横目でエルディアーナを見れば、真剣に悩んでいたが、決まったようだ。

「うん、こちらの紫色の金平糖にします!お婆さん、この間の、青い金平糖はもう無いのですか?あればそれは購入しますからーーーー有りませんか?」

「おや、気に入ったかい?そうだねぇ、あれは特別でね、滅多に手に入らないんだよ。そうだねぇ、この人形の呪いが解けた頃には手に入るかねぇ」

「ーーーーっババア、って事は、もしかしてそれはーーーーうぐぅ」

「もう、ギル。ババアなんて。とっても素敵な方じゃない。えと、お婆さん、気に入ったと言うか、すっごく、とても美味しかったの。一口食べて、これ好きだなぁって」

 ニヤニヤしているぞババア。
 あの金平糖はギルベルトから溢れた物だろう。
 それを金平糖に加工しただけで。
 食べる人に寄って味が変わる。

 美味しい、好きって事は、うん、相性良いんだなきっと。

ーーーー何度も言うが、ロリコンでは無い。

「また、おいで。お嬢ちゃんなら歓迎するからね。そうそう、ギルにこのベルを渡して置くよ。ここに来る前に鳴らせば、お店を出して置くからね。おや、ギル。顔が随分赤いけど大丈夫かい?」

ーーーーそうそう、解呪の仕方はちゃぁんとギルに教えておいたからね。
さぁ、黒い魔女に見つかる前にお帰り。


ふわりと風が髪を煽る。


風が吹いたと思ったら、気が付けば大量の飴と金平糖と一緒に、エルディアーナの部屋の中にいた。

「あ、お代金!」

「いいんじゃないか?また今度で。ベルも預かっているしな。エルが何かを手作りして、上乗せしてやれ」

うん、と素直に頷くエルディアーナは可愛い。

ギルベルトは赤いままの顔を誤魔化すように、横を向いた。





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