煙草を吸う女
「家どこですか?」
「知ってるくせに」

 家を知ってる間柄の男と勘違いしてるのか?どす黒い気持ちが心の中に一気に膨らんだ。だから俺は沢口さんが夢見てる相手になり切るように返した。

「間違ってたら嫌だから」
「それもそうね。だってもう二年は来れてないもんね」

 嬉しい、と笑った彼女をこれほど憎らしいと思ったことがない。



 終電はとっくに過ぎていてタクシーを使った。タクシーの車内で俺にもたれかかりながら沢口さんはしてほしいこと、を何個か言った。

「抱き締めてほしい」
「一緒に眠ってほしい」
「頭を撫でてほしい」
「これからはずっといてほしい」

 胸が苦しくなるくらい素朴なことを願っていた。至極うれしそうな表情だったが、泣いているようにも見えた。俺はたまらなくなって、できもしないのにうん、っていった。タクシーの運転手だけはつまらなそうに前を向いて、到着したら不愛想に着きましたよとだけ言った。俺は適当に五千円渡して「おつりは?」「いりません」と早急に車内を出た。とっととタクシーは走り出して、見送ることなく彼女の住むアパートに向かう。簡素な、それでいて築年数はそんなに経っていない小綺麗なアパートだった。
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