恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「でも本当に嬉しいのよ、胡桃さんが孫みたいになってくれるなんて。一時はどうなることかと和子さんと心配したんだから。これからは、週末と言わず遊びにいらっしゃい」
「十玖子さん……」

「本物の婚約者になったんですから、来週からは指導も本格的にしていきますよ」
十玖子がにっこり笑う。

「え!? 今までだって十分厳しかったと思うんですけど……」
「あら、甘いわね。これからが本番よ」
「え〜! 壱世さん……」
胡桃はすがるような目で壱世を見た。

「頑張れ。胡桃なら大丈夫だ」
「そんなぁ」

胡桃は困った顔をしながらも十玖子にこれからも会えることに安堵して、お茶受けに出されたどら焼きにパクついた。

「やっぱり木菟屋さんのどら焼きは皮がフワフワでおいしいですね」

皮にも餡にも厚みのあるどら焼きにはミミズクの焼印が押され、胡桃でなくても一目で木菟屋のものだとわかる。

「うちのどら焼きはずっと木菟屋さんなのよ。だけどもう食べられなくなってしまうかもしれないなんて、寂しいわ」
十玖子がため息をつきながら言う。

「どういう意味ですか?」
「これを買いに行ったときに聞いたのよ。木菟屋さん、移転するかもしれないんですって」

「ええっ!」

「驚きすぎじゃないか?」

「そんなことないですよ! 木菟屋さんは櫻坂で70年もやってきたんですよ。それが移転だなんて……」
ピンときていない顔の壱世に、胡桃は慌てたように説明する。

「まだ決定ではないと言っていたけれど、移転するなら市外で心機一転やっていこうと思っているそうよ」
十玖子も寂しそうだ。

「知らなかったです。ショックです……」
胡桃はしょんぼりして肩を落とした。

(さくらベーカリーさんといい、櫻坂近くの好きなお店がまた減っちゃうのかな……)


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