恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「えらいですね、市長。あ、〝えらい〟は上から目線すぎますけど」
壱世と倉庫室で椅子を片付けながら胡桃が言う。

「何が?」
「前の市長さんはこういう時、副市長みたいにえらい人同士でおしゃべりしてましたよ」
「鹿ノ川さんはともかく前の市長は七十代だろ? 手伝うって言っても体力的に無理だったんじゃないか?」
「それはそうかもしれないですけど」
(体力が理由って感じでもなかったんだよね)
取材やイベントで何度か会ったことのある前の市長のことを思い出すと、当たり前のように手伝う壱世に感心する。


「市長の言った通り、これならすぐに片付けが終わりそうですね」
壱世と話しながら、胡桃がまた椅子を倉庫室に運ぼうとしていた時だった。

「え! わっ!」
「あ、胡桃! 後ろ——」

男性職員の声とほぼ同時に、壱世の驚いた声が聞こえた。
「え?」

「ガチャンッ」と大きな音が鳴る。

後ろを見ずに企業ブースの衝立(ついたて)を運んでいた職員が胡桃にぶつかった。
その拍子に、胡桃が持っていた椅子と一緒に尻もちをつくように倒れてしまった。
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