恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
胡桃が取り出したのは焦茶色の縁をした大きめなレンズのメガネだった。
壱世は怪訝な顔をしている。

「私が普段変装に使っている度無しのメガネです」
「変装?」

「今日の壱世さんには市長ではなく、ベリビの編集部員になってもらいます!」
「は?」

「はい、これも!」
わけがわからないという表情の彼に、胡桃は持っていたカメラを押し付けた。

壱世はしぶしぶメガネをかける。

「わ……」
(これはこれでアリ)
壱世のジトッとした呆れた視線でまた声に出ていたことを察して、胡桃は「あはは」と照れをごまかすように笑う。

「前髪も、もうちょっとくしゃくしゃっとさせましょう」
壱世はよくわからないまま、眉をひそめながらも胡桃の指示に従ってくれた。

「お! いいですね。ベリビ編集部にいそうな感じになりました!」
胡桃は満足げな顔をする。

「じゃあ行きましょうか」
「行くってどこに?」
壱世の質問に、胡桃はにんまりとイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「今日は、壱世さんのベリが丘勉強会です」
「勉強会?」
「はい。しっかりついてきてくださいね」

胡桃は鼻唄でも歌いそうな顔でずんずん歩いていく。

「ところで、君はいつも変装しているのか? 潜入取材でもしてるのか?」
壱世がメガネを指しながら聞く。

「あー……潜入取材というか、覆面でのグルメ取材もしないこともないんですけど、変装はそういうことじゃなくて。なんていうか……」
胡桃の目が泳ぐ。

「歯切れが悪いな」
「……多分そのうちわかります」


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