優しい愛で溶かされて

1度溢れてしまった負の感情は抑えようとしても漏れ出してきて、気持ちをぐちゃぐちゃに掻き乱す。このままでは全くの他人の前で醜態を晒す事になる。


私はマフラーで顔を隠すようにして頭を深々と下げると踵を返した。今はとりあえず1人にならないと。大の大人が人前で泣くなんてみっともないんだから。


かたん、とヒールが地面を鳴らしたその時、左腕を不意に捕まれ行く手を阻まれた。


「ちょっと待って…待ってください」


耳障りのいい優しい声。さっき助けてくれた人の声だ。なんだろう、なんで引き止めるんだろう。もしかしてちゃんとお礼しなかったからかな。考えてみると、私ちゃんとありがとうございますって言ってなかったかも。


本来であればすぐに振り向いて、頭を下げ直すべきだ。だけど、もう既に私の顔は涙でびちょびちょで、人様に見せれるようなものでは無くて。私は振り向く事ができず、ただ前を向いたまま、そして返答することもせず、ただ唇を噛み続けることしか出来なかった。


「引き止めてしまってすみません。…なんだか放っておけなくて。ちょっと前の俺を見てるみたいで」


その言葉と同時に優しく掴まれていた左腕はゆっくりと解放された。


「辛い時は誰かといた方がいいですよ、きっと」


もう夜も遅い。この人もきっと疲れているだろうに。優しい言葉を皮切りにとめどなく溢れ出す涙。肩を揺らして情けなく声を出して泣く私を、彼は何も言わずただ後ろから見守るようにしてそばにいてくれた。

全くの他人にここまで優しくしてくれるなんて、仏のような人だ。



数分泣き散らかした後、私は酷い顔を隠しながらゆっくり後ろに振り向いた。


「…あの、ほんとにすみません、なんとお礼をいえばいいか…」


鼻をズビズビさせながらそう言うと、彼は優しく笑った。


「さっきから無駄に謝りすぎですよ。じゃあ、俺はもう行きますね。気をつけて帰ってください」

「あっ、ありがとうございます…っ!」


軽く会釈したあと、彼は私に背を向けた。前を歩く彼の後ろ姿を見ながら、私は久しぶりに心が軽くなったのを感じた。


「ほんと、素敵な人だったな…」


連絡先くらいは聞いとけばよかったか?なんて図々しいことを思いながら、私は帰路に立った。

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