繊細な早坂さんは楽しむことを知らない



 商店街を抜けて大野駅へ向かう途中、奈江は白地に赤文字の看板を見つけて足を止めた。いつも通る道なのに今まで気づかなかった。

『美容院 アルテ 商店街北すぐ』

 看板の矢印に従うように振り返る。そうして、商店街の北の方角へ足を踏み込んだ。

 洋服店にパン屋、文房具店の前を通り過ぎ、アルテと書かれたガラス張りの店舗の前で立ち止まる。

 ガラス越しに店内をのぞく。丸い鏡が二つに、白い椅子が二脚ある。奥には、カウンターのような対面式のテーブルが置かれていて、若者と白い金髪の女性が向かい合って座っている。

 温美は接客中のようだ。そうでなくても、いきなり入店する勇気はない。

 気まぐれに来てみただけの奈江がきびすを返そうとしたとき、温美が顔をあげた。こちらに気づいて腰を浮かす。どうしよう。戸惑っていると、客らしき若者が振り返る。そうしてまた、奈江は驚く。環生だった。

「さっき、らんぷやに来てた、秋也くんのお友だちだよねー? 入ってこないのー?」

 ガラス扉を押し開けて、温美が立ち尽くす奈江に声をかけてくる。後ろから、環生も顔を出して、「早坂さんじゃないか」と言う。

「なになに、環生くんも知り合いなの? お客さんいないから、入ってきてよ」

 環生は客じゃないのだろうか。奈江は迷いつつ、頭を下げる。

「早坂奈江って言います。帰る途中に看板を見つけたので、ちょっと寄ってみたんです」
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