繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「奈江さんって言うんだ。私、温美。矢崎温美。ここ、うちの美容院だから、遠慮しないで入って」

 ガラス扉を大きく開いてくれるから、断りきれずに奈江が店内へ踏み込むと、環生が話しかけてくる。

「温美さんがらんぷやに誰か来てるって言うから遠慮したんですけど、早坂さんだったんですね」

 どうやら、環生も吉沢らんぷを訪ねる予定だったようだ。

「環生くんの知り合いだって知らなくてごめんねー。らんぷや出たら、ちょうど環生くんに会って。予約のキャンセルで時間空いてるからネイルしにおいでって誘ったの」
「ネイルもやってるんですか?」
「うん、そう。本当はネイルだけやりたかったんだけどね、おばあちゃんに美容院継いでほしいって言われて、両方やってるの」

 奥のテーブルに案内された奈江は、環生と並んで腰を下ろす。

「ミルクティーならあるけど、飲む?」

 そう言う先から、温美はミルクティーを注いだグラスを運んでくるとテーブルに置く。環生も同じミルクティーを飲んでいたようだ。グラスを引き寄せる彼の指には、透明なネイルが施されている。

「奈江さんもネイルする? 時間あるなら、やっていかない?」
「あっ、私は」

 カタログを見せてくれようとする温美を、奈江はあわてて手のひらで止める。

「興味ない?」
「ネイルだけじゃなくて、おしゃれに興味がなさそうですよね」

 がっかりする温美を横目に、環生がばっさりと切り捨てる。
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