繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「EARS.だよ」

 馴染みのあるアプリ名に、奈江も反応する。

「そんないきさつがあったんですね」
「きっと、そういう優しさに飢えてる人がたくさんいるって、秋也くんもわかってたんじゃないかな。誰も傷つけない会話なんて難しいもん」

 いま、こうやって話していても、奈江を傷つける発言をしたかもしれないって、温美は気にした。その気持ちは奈江もわかる。

 大なり小なり、奈江だってよく傷つけられるし、もしかしたら、傷つけているかもしれない。それでも関係が続く人とそうでない人の差は、傷つけられる程度が許容できるかどうかだ。奈江はいま、温美も環生も許容できている。だから、もっと話が聞きたいと思う。

「猪川さんはアプリを通して、知らない誰かを助けたかったんでしょうか」

 自分に関わる人を死なせてしまう。そんな苦しい思いを抱えた彼だからこそ、誰よりも命を尊んでいるのだと思う。

「そうだと思います。秋也さんは死のうとするやつを見過ごせないんですよ。救えない命があるのはわかってて、その上で、少しでも救える命があるならって思ってる。身近な人を失うつらさをよく知ってるから」

 そう言う環生も、父や兄を失っているから、そのつらさがわかるのだろう。神妙にそう答える。

「死のうとする人……」

 奈江はぽつりとつぶやく。
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