繊細な早坂さんは楽しむことを知らない



「お仕事のときは後ろで一つに結んでるんですねー。じゃあ、長さはミディアムのままで、お顔周りはナチュラルなカールにします? 毛先は少しだけ外ハネで」

 ストレートの黒髪に触れながら、温美が丁寧に説明してくれる。見本として見せてくれるヘアカタログのモデルはとても可愛らしくて、奈江はさっきから気後れしていた。

「似合う……かな?」
「いいと思います。あんまり印象を変えずに可愛らしくなると思います」

 印象が変わらないのは、奈江にとって重要なポイントだ。あまりにも変化があると、周囲の目を集めてしまうだろう。何かあったのかとうわさされたくない気持ちもある。

「温美さんにおまかせします」

 奈江が頭を下げると、温美が鏡越しににこりとする。

「ネイルもメイクも秋らしく、落ち着いた感じにしますね」

 そういうのが安心できていい。奈江の性格を見抜いているのだろう。

 髪にあてられるハサミ、器用に動く指先を、奈江はじっと見つめる。何かを作業する手を見るのが、奈江は好きだ。不器用な自分にはできない創作を、純粋に尊敬できるからだ。

「お祭り、秋也くんと行くんですよね。いいなぁ。私も男の人と行きたいですよ」

 横髪の毛先をそろえるようにはさみを動かしながら、温美がうらやましげに言う。

「いいのかな」
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