繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
『本日、休業』

 と、戸口の横に立てかけられた看板を見ていると、内側からゆっくりと扉が開く。

 薄手のジャケットを羽織った秋也が鍵を片手に出てくる。すぐにこちらに気づいた彼だが、何も言わずに背を向けてくる。そうして、扉に鍵をかけながら、ハッと振り返り、ほうけたような顔をする。

「こんばんは。……おかしいですよね」

 少し気まずく思いながら言うと、秋也はすぐに駆け寄ってきて、こちらをじっくりと眺めてくる。

「おかしくないよ。ごめん。ちょっとびっくりした。そのワンピース、この間買ったやつだよね?」
「覚えてくれてたんですね」

 ブラウンのロングワンピースは、この日のためにと、秋也とのデートで購入したものだ。

「もちろん。よく似合うよ」
「ワンピースに合うようにって、髪もメイクも温美さんがやってくれたんです。それに、ネイルも」

 そっと指を伸ばしてみせると、秋也が手のひらに触れてくる。

「きれいだよ」

 どきりとするぐらい、艶のある声音でそう言われて、奈江の胸は跳ね上がる。

 やっぱり、なんだか恥ずかしい。心配ばかりかける早坂奈江ではなく、ひとりの女性として見られたような気がしてしまう。ちょっとおしゃれしたぐらいで勘違いしてしまって、余計に恥ずかしい。

「こういうの……慣れなくて。明日からまた、いつものメイクに戻します」
「じゃあ、今日は特別なんだ? それはそれで、特別感があっていいね」

 秋也は楽しそうだ。本当に、あきれるぐらいなんでも楽しむ人だ。
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