繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 秋也が目をやる方へ顔を向けると、境内に入ってきたばかりの初老の夫婦が、こちらへ笑顔でやってくるのが見えた。

「秋也くんも来ていたのか」

 白髪まじりの紳士が、奈江たちの前で足を止めると、穏やかにそう言う。

「お久しぶりです」

 秋也はきっちりと頭を下げるが、すぐにくだけた笑顔を見せる。

「元気そうじゃないか」
「すみません。なかなか顔見せれなくて。おじさんたちもお元気そうですね」
「おかげさまでな。こちらの方は?」

 奈江を気づかって、紳士が尋ねてくれる。

「ああ、すみません。こちら、早坂奈江さん。彼岸橋の近くに住んでるお客さんの姪御さんなんだ」
「そうか、彼岸橋のお近くに」
「早坂さん、ふたりは俺の叔父さんと叔母さん。商店街の近くに住んでるんだけど、なかなか会いに行けてなくてさ」
「そうなんですね。あの、私、早坂って言います。私の伯母がらんぷやさんでお世話になっていて、そのご縁で、猪川さんに私も親切にしていただいてます」

 そう口にして、奈江は改めて実感する。こうやって、縁はつながっていくのだと。

「彼岸橋のあたりに、早坂さんというお宅はあったかしら?」

 着物を自然と着こなす叔母さんが、おっとりとそう言う。詮索するというより、本当に思い当たらないから聞いてみたという感じだ。

「あっ、伯母は前橋って言います。昔から彼岸橋の近くに住んでるんですけど、アパートから一軒家に転居してるので」
「そうなの。それで、知らないのかしら。ごめんなさいね、存じ上げなくて」
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