繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 青年は作業着を着ていた。手には黒いコードらしきものを持っている。彼が店主だろうか。

 さっき見たばかりの無骨な張り紙が脳裏をよぎる。彼の書いたものだと言われたら、納得するような豪快な雰囲気がある。

 いや、店主は遥希の父親じゃないのだろうか。彼はどう見ても、自分と同世代の青年だ。ぐるぐると頭の中を考えが巡ったが、それより何より、奈江は見覚えのある顔に驚いていた。

「昨日のっ!」

 思わず、声をあげると、青年は一瞬、きょとんとしたが、すぐに「ああ、駅で」と笑顔になった。

 いかつい体格からは想像できないぐらい優しく笑う人だ、と思う。威圧感のある男の人が苦手な奈江だが、攻撃的ではない笑顔によって緊張が和らぐのを感じる。

「昨日はありがとうございました。ちょっとぼんやりしてたみたいで」

 奈江はそう言って、頭を下げた。

 あの一瞬、ほんの一瞬、死んでもいいかもしれない、と考えたなんて言えるはずはない。本当に死にたいと思ったのかさえ、不明瞭だ。魔がさそうとした。そんな感覚だろうか。だけれど、この感覚をうまく説明できる自信はない。

「危なっかしい感じがしたから、見ててよかったよ」

 青年は柔らかい笑みを浮かべたまま、そう言う。

 見てて、とは気になる言い方だ。自分が気づいていなかっただけで、ずっと見られていたのだろうか。

「今日はお礼を言いに? あ、いや、俺がここにいるなんて知らないよな。ランプの修理に来たの?」
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