繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「私、全然頑張れないんです。もちろん、仕事で必要な資格は頑張って取りました。でもそれはきっと、勉強は頑張れる方だからできただけで、結婚向きではないんです」
「結婚に何が必要だって思ってる?」
「お料理は苦手です」

 はっきり言うと、彼はおかしそうに目を細める。きっと信じてない。

「本当ですよ。それなりにやってみたけど、上達しないし、楽しくないし、続かないんです。休みの日は商店街で買うお惣菜で栄養は摂れるし、冷凍食品だっておいしいし、コンビニだってよく行きます」

 胸を張って言うことじゃないけど、意外にも秋也は笑わなかった。

「料理ができないのと、結婚生活は関係ないと思うけどね。お互いに、得意な方をやればいいんじゃないか?」
「苦手と得意なことが違えば、うまくいくって思ってるんですか?」
「まあ、そうだな。俺、料理得意だし、毎日作るのも負担じゃないしな」

 そういえば、以前、康代からナスをもらった際、料理が苦手だと話す奈江に、彼はそう言っていたんだった。

「猪川さんに苦手なものなんてあるんですか?」
「あるよ、もちろん。正直、掃除は苦手だな」
 
 あっけらかんと彼は答える。

「あんなにキッチンがきれいなのに?」

 生成りのカーテンの奥に、おしゃれな空間が広がっているのを奈江はよく知っている。
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