繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 秋也の顔が悲しそうに歪む。泣きたくないのに、苦しめたくないのに、どうしても、不安だけがつきまとう。

「不安に思うことがあるなら、俺が受け止めるよ。起きない何かにおびえなくていい。万が一、何かが起きたときは俺が必ず対処する。俺を信頼して、安心して生きていてほしい。そのかわり、早坂さんは俺の足りないところを補ってくれる?」
「私に補えることなんてありますか?」
「早坂さんは俺の立場にたって真剣に悩んでくれるよね。俺が人生に迷ったときに、一緒に悩んでほしい。それでじゅうぶんだよ。結婚ってさ、お互いに補い合うものだと思ってるよ」

 涙をすくい、顔を近づけてくる秋也を、奈江はみじろぎせずに見つめ返す。

 彼に触れたい。ずっとそう思ってた。いつもそう思ってる。きっと彼も、そう思ってくれてた。

 まぶたを落とすと同時に唇が重なる。柔らかな温かさは優しくて、初めての感覚に奈江の心は震える。泣きたくなったのに、涙が出てこない。きっと幸せを感じているからだ。触れては離れ、離れては角度を変えて重なり合う。触れるたびに欲深になるキスは何も怖くない。

「返事として、受け取っていいか?」

 名残惜しそうに離れた唇が、告白の返事を欲しがる。

「……はい」

 緊張しながら奈江がうなずくと、秋也はうれしそうにほほえみ、伸ばした両腕で、身体ごと包み込むようにそっと抱きしめてくれた。
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