繊細な早坂さんは楽しむことを知らない



 康代の自宅のチャイムを鳴らすと、すぐに「入ってきて」とインターフォンから声がした。伯母ではない、その声に聞き覚えがあって、奈江は戸惑う。

 おそるおそる玄関ドアを開けると、康代が履かないような薄ピンクの、見慣れないスニーカーがあった。

「奈江、いらっしゃい。びっくりしたわよ。あなた、よく来てるんですって?」

 リビングに顔を出すと、台所に立つ女の人が話しかけてきて、絶望に似た感情が湧く。

 母が来ると聞いていたら、別の日にしたのに。

 そんな思いにかられたが、奈江は黙ってテーブルにつき、康代から湯呑みをかろうじて笑顔で受け取る。

「真紀子、大福持ってきてくれたよ。もう帰るって言うから、奈江ちゃん、食べていって」

 気遣わしげな表情で康代がそう言うと、お皿を二枚持った真紀子が台所から出てくる。

「緑庵さんのフルーツ大福。奈江も好きでしょう? 12月になると発売されるのよ」

 そう言えば、真紀子は月に一度、実家近くにある和菓子屋緑庵のお菓子を康代に差し入れしているのだった。たまたま今日が、その日だったのだろう。

「お母さんは食べていかないの?」
「お母さんはお父さんと食べるから」

 テーブルの上の紙袋をつかみながら、真紀子はそう言う。父の分は別で購入してあるようだ。

「帰るの?」

 内心、ほっとしながら、奈江は尋ねる。

「お姉さんの顔、見に来ただけだから。奈江もたまにはうちに顔出しなさいよ」
「そうだね……、そのうち」
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