繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「なーに、その来る気のない感じ。仕事が忙しいのはわかるけど、正月は来なさいね」

 真紀子はあきれ顔をしながら、康代へ目を移す。

「お姉さんも、正月はうちに来てよ」
「奈江ちゃんと一緒に行くよ」
「そうね、そうして。じゃあ、帰るわね」

 リビングを出ていこうとした真紀子は、ドアの横にある電話台へ何気に視線を向ける。そして、そこに置かれた一枚の名刺を手に取り、つぶやく。

「猪川……」

 以前、秋也の渡した名刺が置かれていたのだろう。秋也との交際はまだ伝えていないのに、彼の名刺に反応を見せた真紀子に、奈江はどきりとする。

「猪川って、彼岸橋の猪川さん?」

 真紀子は名刺をつかんだまま、康代を振り返る。すると、康代は無表情で立ち上がり、彼女から名刺を取り上げる。

「商店街にあるランプの修理屋さん」
「そうなの? てっきり、あのときに生き残った子と交流があるのかと思ったわよ。でもたしか、あの子の名前、秋也くんじゃなかったっけ?」

 再確認したかったのか、取り上げられた名刺をのぞこうとする真紀子に見せまいとするように、康代はエプロンのポケットにしまってしまう。

「帰りなさい、真紀子」

 その素っ気ない態度を見て、真紀子は不服そうにする。

「なによ、ちょっと見せてくれてもいいのに。そうやって隠すってことは、やっぱり彼岸橋の猪川さんなんじゃないの?」
「そうでもいいじゃないの」
「やっぱりそうなの? なんだか、縁起悪いじゃない。あんまり関わりたくないわ」
< 160 / 172 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop