繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「代表取締役? ちょっと見せてよ」

 真紀子は名刺を奪い取ると、しげしげと眺める。

「ジェンデって、聞いたことない会社だけど、まあ、代表取締役なら大丈夫かしら」

 真紀子はあんどするかのような息をつく。肩書きに弱い彼女らしい態度に、康代はため息をつきつつ、名刺を返してもらうと背中を押す。

「もういいでしょう。帰りなさい」
「言われなくても帰るから、あんまり押さないでよ」

 不満そうな真紀子をリビングから追い出した康代は、玄関ドアの閉まる音を確認したあと、困り顔で言う。

「気にしなくていいよ、奈江ちゃん。真紀子は誰と仲良くしようが、相手の良くないところばかり探そうとする子だから」
「そうだね……、気にしてない。猪川さんとのこと、お母さんにダメって言われても気持ちは変わらないから」

 秋也に何があったのかはわからない。けれど、奈江は母よりも彼を大切に感じている。それは間違いない気持ちだと、母に対面して改めて実感している。

「お付き合いしてるの?」

 心配そうに、彼女は聞いてくる。

「……してる」

 奈江は小さくうなずく。康代には知っていてほしいと思って、今日は訪ねてきたのだ。まさか、こんな形で告白することになるとは思っていなかった。

「でも、お付き合いはまだ始めたばっかりだから。私の知らないことがたくさんあるんだね」
「猪川さんなら、必要なときに話すと思うよ。今はまだ、タイミングを見計らってるだけで」
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