繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 康代は必要なときと言うけれど、それは付き合うと決めたときではなかったのだろうか。

「私を信用してないから、まだ話せないんだよね?」

 あのときがそのタイミングじゃないなら、そうとしか思えない。秋也は臆病な奈江を頼りなく思っているのだ。

 康代はそっと首を振る。

「そうじゃないと思うよ、奈江ちゃん。あの子ひとりで背負うには、あの事故は傷ましすぎて、簡単には話せないんだよ」
「何があったの? 火事って、さっき言ったよね。それに、彼岸橋の猪川さんって」
「猪川さんの祖父母はね、彼岸橋の近くにお住まいだったんだよ」

 しばらく康代は沈黙していたが、ためらいがちにそう切り出す。

「そういえば、猪川さんのお父さんのご生家が、彼岸橋のあたりにあったって」

 みやはらの祭りに出かけたとき、秋也の叔父がそう言っていたのを思い出す。
 
「彼岸橋に交差点があるだろう? その角だよ」
「彼岸橋の角? それってもしかして、与野さんちの……」
「そう。みね子さんちの舞花ちゃんが事故に遭った、あの角のお宅」
「じゃあ、猪川さんちの土地が張り出してたから、舞花ちゃんは……」

 秋也さんは悪魔なんだよ。

 唐突に、環生の言葉が脳裏に浮かんだ。そして、秋也の苦しげな表情も。

 俺に関わるやつは、みんな死ぬ。

 そう告白した彼の頭の中には、舞花ちゃんの顔も浮かんでいたのだろうか。

「家が火事にあったの?」
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