繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「ずっと、話さなきゃいけないって思ってたんだ。いつか、奈江の耳に入ることはわかってたから」
「話してくれるの?」
「隠す必要はないからさ。どこまで知ってる?」

 かろうじて笑顔を見せてくれる彼から、奈江は目を離せない。

「あの角地が秋也さんの祖父母の家で、火事になっておばあさんとご両親が亡くなったってことだけ」
「それだけ? じゃあ……、俺が生まれる前の話からしようか」

 少しだけ思案したあと、彼はそう言う。

「生まれる前?」

 秋也の苦しむ理由が、生まれる前からあるのだろうか。

「俺の父親にはさ、祖父の決めた許嫁(いいなづけ)がいたんだ」

 秋也は淡々と、話し出す。

「祖母はもともと厳しい人だったらしいんだけどさ、祖父がはやくに亡くなって、猪川家を守らなきゃって思いがますます強くなったのか、かなりがんこな人だったんだ。まだ就職したばかりの父親に許嫁との結婚を迫ったりね、後継をどうするんだって、そんな話ばっかりだったらしい。もちろん、父親はまだ自立もできてないんだから無理って断って、仕事に邁進。転勤先で、母親と出会って、結婚を認めてもらおうと大野に帰ってきたら、許嫁はどうするんだって騒ぎになったらしい。許嫁って言ってもさ、親同士の口約束。お互いにいい人がいなかったら、結婚させようか……その程度の話だったらしいよ」
「じゃあ、許嫁の方も、それほど?」
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