繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 そう言うと、秋也の唇の端が卑屈にあがる。

「どうかな。父親と祖母は言い合ってたよ。父親のせいで詐欺にあったとか、土地の形が悪いから、猪川家には縁起の悪いことばっかり起きるとか、祖母はそんな話ばっかりだった。あの土地の形のせいで女の子が事故に遭って亡くなったことも、あの土地を区画整理しようって話が町内から持ち上がってることも、祖母はうらめしそうに話してた」
「そうだったんですか……」
「結局、祖母は昔と変わらずがんこなままで、話にならないから、仕方なく一泊することになったんだ。俺は昔、父親の使っていた2階の部屋で、両親は一階の客間で寝ることになった。祖母は仏間で、仏壇にろうそくや線香をつけたまま眠ってしまったらしい」
「それが原因で?」

 秋也は神妙な様子でうなずく。

「真夜中に、俺は父親の叫び声を聞いて飛び起きた。逃げろっ。秋也、逃げろって、父親は何度も叫んでた。俺はわけもわからず、部屋を出ようとしたけど、廊下に煙が充満してて、あわてて2階の窓を開けた。外には何人かの大人がいて、飛び降りろ、はやくっ、って叫んでた。戸惑ったけど、死ぬぞっ! って誰かが叫んで、布団を広げたのが見えたから飛び降りた。すぐに誰かにかかえられて、気づいたときには病院だった。両親と祖母は間に合わなかったって、あとから聞いたよ」

 秋也は当時を思い出したのか、こめかみを流れる汗をぬぐい、そのまま片手で顔を覆う。

「俺は悪魔だ。俺が生まれなきゃ、両親が祖母と絶縁することはなかった。絶縁しなきゃ、祖母が騙され、両親を巻き込んで死ぬこともなかった。俺だけ助かったのは、俺が悪魔だからだ。本気で、子どもの頃の俺はそう思ってたんだ」
「今は思ってないですか?」
「わからない。でも……」
「でも?」
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