繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 ハッと振り返ると、ランドセルの御守りがない。もう一度、交差点の向こうを見ると、もう女の子はいなかった。

『大丈夫っ? けがはないっ?』

 急ブレーキをかけて停まった車から、血相を変えたおばさんが飛び出してきた。おばさんは女の子に気づかなかったみたいで、賢太の心配ばかりしていた。

『足、けがしてるじゃないっ』

 見ると、ひざを少しすりむいていた。しかし、それ以外、けがはなかった。もし、女の子が御守りを引っ張ってくれていなかったら、車に轢かれていたかもしれないと思った。

「彼岸橋の交差点でものがなくなるうわさがあることは知ってました。小学生の間では有名な話だったから。女の子の幽霊が持っていっちゃうんだって」

 賢太は真面目な表情でそう言う。

「女の子の幽霊……」
「もうずいぶん前に、あの交差点で小学1年生の女の子が事故で亡くなったらしいです。もしかしたら、俺が見たのはその女の子で、ものがなくなるのは、交通事故から俺たちを守ってくれてるのかなって思ったんです。だから、あの日見たことは言わないでおこうって決めたんです」

 冗談でも嘘でもないのだろう。賢太は自分の目で見たことをただ信じていて、それを黙っていただけだ。

「だから、父から御守りを探してくれてる子がいるよって聞いたときは、どうしようって思ってたんだけど、何も言えなくてすみませんでした」

 賢太はスッと頭を下げる。

「そんな、謝らなくてもいいです。もしかしたら、遥希さんもうわさを知ってて、見つからないって思ってたかもしれないですから」

 もしかしたら、賢太の父だって、言わないだけで、うわさは知っていたかもしれない。

「猪川さんも、知ってたんですよね?」

 奈江は尋ねた。彼から言ったのだ、伯母に。彼岸橋でものがなくなるうわさを知らないか? と。
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