繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「俺はものがなくなるうわさがあるって聞いたことがあるだけなんだ。そうだな……、遥希から聞いたんだろう」
「遥希さんから?」
「中学のときに、俺は大野に引っ越してきたんだ。最初に話しかけてくれたのが遥希で、俺の面倒をよく見てくれたよ」

 意外だ。どちらかというと、面倒見がいいのははつらつとした秋也で、穏やかな遥希をリードしていたように思っていた。

「じゃあ、あの交差点のうわさを詳しくは知らなかったんですね」
「この間、早坂さんの伯母さんから聞いて知ったよ。中学になれば、ああいううわさをするやつはほとんどいないしな」

 それはそうかもしれない。小学生が面白半分に話すだけのうわさだ。康代も子どもたちの悪気ないうわさだと言っていた。

「たぶん、大野の人たちは知ってても言わないんじゃないかな。みんな、見守ってるんだ。そういう優しい町だと思う」

 悲しみの中に優しさを感じるようなまなざしをして賢太はそう言うと、手の中の御守りを見つめる。

 御守りをなくした賢太の心を救うために、父である越智正行は新しい御守りを授かった。では、正行の心を救うのは誰だろう。愛する妻と一生の愛を誓った証である指輪をなくした彼の心を。

 奈江は一生の愛なんて信じていない。父の愚痴ばかり言う母を見て育つうちに、愛は冷めるものだと知ってしまったからかもしれない。

 だけれど、そうじゃない愛があるかもしれない。そう信じたくなったのは、賢太が純粋でまっすぐな目をした青年だからかもしれない。

「まだお父さんは指輪を探してるのかな?」

 賢太はまぶたを伏せて、首をゆるりと振る。

「探してるかはわからないけど、仏壇に向かってよく『ごめんな』って言ってるから、心残りはあるかもしれない」
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