繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「結婚指輪が入ってるなんて知らなかったそうです。指輪だけでも返してあげたい。そう思って、今日は来ました」
「指輪だけでも……?」
「ええ。与野さんから御守りを取り上げたりはしません。ですから、結婚指輪が入っているかどうかだけ、確認してもらえないでしょうか?」

 低姿勢な秋也に、美乃の表情が和らぐ。

「御守りは返さなくて大丈夫なんですね?」
「はい」
「実は……、うちの仏壇に舞花ちゃんはいないから、御守りと写真だけ置いているんです。御守りを取り上げられたら、母はきっとショックを受けてしまうから」

 舞花ちゃんはご両親の家にいるのだろう。御守りのことを責めたから、今でも舞花ちゃんのご両親はみね子を遠ざけているのかもしれない。こじれた感情は、簡単には戻らないものなのだろう。

「御守りは与野さんが持っていてください。物も人の心も、必要なところへ渡り歩いていくものだと思いますから」

 秋也の言葉は本当に優しい。奈江は胸が温かくなるのを感じながら、その感覚が美乃にも伝わってるといいと思う。

「必要なところへ……。そうですね。吉沢らんぷさんは、ビンテージのランプを扱っているんでしたね」

 美乃はわずかに微笑む。

「指輪も必要なところへ、ですね」
「確認してもらえますか?」
「わかりました。庭の方へ回っていただけますか? お仏壇に御守りはありますから」

 奈江と秋也はホッと胸をなで下ろすように顔を見合わせると、言われたように庭へと足を踏み込む。
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