繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 今日だって、帰ったらすぐにでも、EARS.に話を聞いてもらうかもしれない。秋也と待ち合わせしていたところを向井に見られてしまった。会社でうわさが立つかもしれない。憂鬱だって……。

「そう」

 優しい目をして、彼がうなずくから、つい口が滑る。

「今の仕事、不動産事務なんですけど、自分に向いてないって思うんです。でも、7年も勤めてるし、もしかしたら、自分が気づかないだけで、合ってるのかもしれないって思うし、逆にもっと合う仕事があるのに、とりあえず働けてるからいいやって思ってるだけかもしれなくて」

 だから、疲れ果てて、ぼんやりしてしまうことがよくある。秋也に出会って、このところは気がまぎれていた。アプリが必要のない生活が送れていたのは、やはり、彼のおかげかもしれない。

「私って、なんでも話せる友だちがいないし、もし相談相手がいたとしても、申し訳ない話しちゃったなってあとで反省するのわかり切ってるし、だから、あのアプリを見つけたときはうれしくて……」

 奈江はハッとして、口をつぐむ。

 自分の弱みを見せるのは苦手だ。ましてや、秋也に。彼は幻滅しないだろうけれど、友だちのいない自分を知られるのは恥ずかしい。

「誰かの役に立ってるなら、俺もうれしいよ」

 秋也はにこりと微笑む。

 開発者なのだから、利用者を笑うはずがない。誰にも話せない胸の内を吐露できるアプリを作るような人なのだから、良き理解者でもあるはずだ。
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