繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
***


「もうすぐ来ると思うから、ちょっとだけごめん、待っててくれる?」

 ニットに袖を通した秋也が、『本日、午後休業』と書かれた貼り紙を手に謝ってくる。

 吉沢らんぷの休業日は、商店街が休みの月曜日だけ。しかし、修理しか受けていないから、自由がきくらしい。

 営業時間はあってないようなものと豪語する彼に、大野の隣町に新しく出来たショッピングセンターへ遊びに行かないか、と奈江は誘いを受けて、日曜日の今日、吉沢らんぷにやってきていた。

 午前の仕事を終え、閉店準備をする彼のもとへ一本の電話が入ったのは、ついさっきのことだ。

「社長、駅に着いたところで電話してきたみたいだよ。もう、近くにいるかな」

 扉に貼り紙を貼り終えると、そのまま秋也は通りの方へ顔を出す。しかし、社長の姿は見えないのか、すぐに扉を閉めて店内へ戻ってくる。

「早坂さんが来るって聞いて、久しぶりにこっちへ来る気になったみたいだ」

 どうやら、奈江に会いたくて、ジェンデの社長はここへやってくるらしい。

 デートの邪魔がしたいんだろう、なんて冗談半分にこぼす秋也の言葉は受け流して、奈江は尋ねる。

「あんまり、大野には来られない方なんですか?」
「大野にっていうか、基本的に出かけるのが好きじゃないから、彼」

 それなのに、社長業に就いているのか。いや、仕事となるとバリバリ働くが、休日は自宅で過ごす人なのかもしれない。

「あ、来たかな」

 秋也が扉に近づく。扉にはめ込まれた四角形のすりガラス越しに人影が見えるから、奈江は背筋を伸ばす。社長が誰かわからないし、初対面の男の人に会うのは緊張する。
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