繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 扉が開くと、真っ先に、若者向けブランドの真っ白なスニーカーが目に飛び込んでくる。出かけない人だからか、はたまた、購入したばかりなのか、新品のように綺麗なスニーカーだ。

 ゆっくりと視線をあげていくと、薄手のジャケットから伸びる指に目が止まる。形のいい爪に、透明のネイル。指先まで手入れが行き届いているとわかる清潔感がある。

 どんな人なんだろう。興味が湧いて、顔をあげた奈江は息を飲む。

 遥希さん……っ?

 爽やかな短髪に細面の整った顔立ち。吉沢遥希によく似ている。

 奈江の心臓はバクバクと音を立てる。遥希は亡くなったのだ。ここにいるはずがない。

「こちらが、早坂さん?」

 秋也に尋ねるように言った青年の声で、奈江は我にかえる。

 秋也と目が合った。彼は奇妙な表情をして、こちらを見ている。興奮で、ほおが赤らんでしまったのだろうか。手をあてる。大丈夫。熱くない。

「そう、彼女が早坂さん」

 秋也は奈江から目を離さずにそう言うと、パッと腰のあたりに手をあてる。すぐにスラックスの後ろポケットを探ってスマホを取り出すと、「もしもし、吉沢らんぷです」と言いながら、店の奥へ行ってしまう。客からの電話だろうか。

 いきなり、青年と二人きりにされて、奈江はますます緊張したが、心を落ち着けて、改めて、背の高い青年を見上げる。

「初めまして、吉沢環生(たまき)です。遥希の弟って言ったら、わかりますか?」

 笑顔というには程遠いが、決して冷たいわけではない、沈着な面持ちで青年は言う。

「遥希さんの弟……?」

 どおりで、似ているはずだ。緊張がほんの少しほどける。

「その様子だと、知らないみたいですね」
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