繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「秋也さんはね」

 なんだろう。不安で胸が高鳴る。環生とぶつかり合う視線から逃げられない。いや、逃げちゃいけないんだ。そう思ったとき、喫茶店の入り口でカランカランと鈴が鳴る。

 奈江は環生と同時に、入り口に目を向ける。きょろきょろと辺りを見回す秋也がこちらに気づくと、不穏な空気を振り払う、優しい笑顔を見せて足早に近づいてくる。彼が悪魔だなんて信じられない。

「お待たせ。遅くなるから行こうか、早坂さん」

 環生はくすりと笑うと立ち上がる。

「まだ全然、早坂さんと話せてないんだけど」
「時間はたっぷりあったはずだけどね。近いうちに、改めて3人で食事しようか」
「絶対ですよ」

 念を押す環生に苦笑して、秋也は伝票を手に取る。そうして、「先に外出て待ってて」と、帰り支度をする奈江に告げると、ひとりでレジへと行ってしまう。

「あ、待って」

 あわてて財布を取り出して追いかけようとするが、環生にそっと腕をつかまれて引き止められる。

「また大野へ来るときに会いましょう。完成されてない作品は、見てると落ち着かないんです」

 そう言って、環生はうっすら笑む。

 まったく意味がわからない。奈江が完成されてないというのだろうか。しかし、それは否定できない。

 容姿は遥希に似ているのに、性格はまったく違う環生に、奈江は途方にくれるしかなかった。
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