繊細な早坂さんは楽しむことを知らない



 喫茶店の前で環生とは別れ、大野駅からひと駅のショッピングセンターへやってきた奈江は、アパレルショップが並ぶフロアのマネキンを眺めながら歩いていた。

 グランドオープンしたばかりだからだろう。思っていた以上に人が多く、大した時間も経ってないのに疲れてしまった。秋也がいなければ、すぐにでも帰っていただろう。

 せっかく誘ってもらったのに、全然楽しめていない。エスカレーター近くのショップで、感じのいい秋用ワンピースが売っていたから、それを買って帰ろうか。だけれど、購入後に帰る雰囲気になるかはわからない。帰りたいと切り出すのも勇気がいる。

 あれこれ考えていると、秋也が顔をのぞき込んでくる。

「早坂さん、次はどこ見に行く?」

 そう言いながら、心配そうな顔をしている。迷惑かけたくなくて、奈江は尋ね返す。

「猪川さんは見たいものありますか?」
「アクセサリーでも見ようかなって思ってるんだけどね」
「アクセサリーですか?」

 ファッションにあまり興味がない奈江は、なかなかアクセサリーを買わない。当然、メンズのアクセサリーにも(うと)くて、売り場の想像もつかない。

「フロアガイド、見ますか?」
「そうだね。そうしようか。ああ、ちょうどソファーが空いたから、座って待ってて」

 目の前に置かれたソファーから、高校生らしき女の子ふたりが立ち上がる。秋也は素早く奈江を座らせたあと、近くにあったフロアガイドを持って戻ってくる。

「早坂さん、大丈夫? 疲れてる?」
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