繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
***


 奈江は祭りが苦手だ。

 いや、そもそもイベントと名のつくもの全般が苦手だ。とりわけ、祭りは大の苦手で、子どもの頃は親に連れられて仕方なく参加していたが、大人になってからは、まったくと言っていいほど、出かけた記憶がない。

 わたがしや金魚すくい、にぎやかな祭りばやし。奈江の周りは、こぞってどこかへ向かって歩く人々の笑顔であふれていたのに、楽しいはずのひとときは、いつもいらついている母の背中を追いかけているだけだった。

 今思えば、母も人混みが苦手だったのだろう。母親だから、子どもを楽しませなきゃいけない。そんな義務感にかられて、苦手な場所へ出かけていく母の不機嫌は、臆病な奈江にダイレクトに伝わっていた。

 一方、兄は鈍感というのか、母の機嫌には無頓着で、祭りを楽しんでいた。あれがほしい、これがほしいとおねだりして、母に文句言われながらも欲望を満たしていた。しかし、奈江はほしいものをほしいとは言えなかった。家に帰れば、仕事を終えて疲れて帰ってきた父に向かって、「こんなくだらないもの欲しがって」と母が報告するに決まっているからだ。

 実際、そう言っているのを聞いたことがある。兄は「いいじゃん、別に」と言える子どもだったが、奈江は母に悪く言われたくなくて、何も買ってもらわないようにしていた。

 子どもの頃から、欲しいと言うことは罪だと思っていた。今でも、そうなのかもしれない。だから、プレゼントをもらうことに抵抗がある。誰かが自分のために無償の愛をくれたとしても、見えないところで悪口を言っているんじゃないかと勘繰ってしまうのだ。
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