繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 だけれど、秋也から祭りに行きたいと言われ、奈江は断れなかった。断れば、彼は「どうして?」と聞いただろう。中学生で家族を失った彼は、両親への不満すら言えずに生きてきたはずだ。奈江は母の悪口とも言えるエピソードを話したくはなかった。

「ねぇ、宮原神社のお祭り、知ってる?」

 二杯目の緑茶を湯呑みに注ぐ伯母の康代に、奈江は尋ねる。

 どこでうわさを聞きつけたのか、「最近、大野によく来てるの? 時間があったら、うちにも寄ってね」と連絡をもらい、康代の家を訪れていた。

「来月だったね。奈江ちゃん行くの?」
「どうしようかなぁって、迷ってる」
「昔は真紀子も、そんなこと言いながら、奈江ちゃんや篤紀(あつのり)くんを連れて大野に遊びに来てたわね」

 康代は懐かしそうに言う。

 篤紀は兄だ。奈江の記憶にある祭りは、みやはら縁結び祭りだったのだろうか。

「お母さん、お祭りが好きじゃないよね」
「にぎやかな場所が苦手みたいね」
「私も苦手。お母さんに似てるのかな」

 母とはあまり、折り合いがよくない。もちろん、母はそうは思っていないだろう。だから、一人暮らししたいと言ったときも、「奈江はぼんやりしてて心配だから、佐羽で暮らしなさいね」と、実家近くでの暮らしを要求したのだ。嫌いだったら、遠くへ行かせてくれたとは思う。

 康代は緑茶をすすると、首をかしげる。

「真紀子には似てないよ。あの子が人混みを嫌うのは、わずらわしいことが苦手なだけで、奈江ちゃんとは違うでしょう?」
「そうかな」
「奈江ちゃんは気遣い屋さんだから、疲れやすいのよね。優しくていい子」
「いい子かな。お母さんを怒らせてばっかりなのに」
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