Runaway Love

41

 無言のまま、後部座席に座ったあたしを見やると、岡くんは、そのまま車を出した。
 本当に、タクシーのよう。
 お互い、何を言うでもない。
 あたしは、ただ、窓の外の流れていく景色を、ぼうっと見ている。
 ――それ以外に、何もできない。
 しばらくして、会社が見えてきたところで、あたしは岡くんに声をかけた。
「この辺でいいわよ」
「え、でも、アパートの近くまでは……」
「いいから。――あんまり近いのは、やめて」
 彼は少々不服そうな表情で、ウィンカーを左に出し、道路沿いに停める。
「――じゃあ……この辺で大丈夫ですか」
「――……ええ、ありがとう。……それじゃあ」
 あたしは、自分でドアを開けて降りようとする。

「――茉奈さん!」

 だが、名前を呼ばれて振り返れば、岡くんが、座席から乗り出し、あたしを見ていた。

「――……無理、してないですよね?」

「……してないわよ」

 あたしが、そう答えれば、彼は眉を下げる。

「――……なら、良いんですけど……茉奈さん、すぐに隠すから心配なんです」

 一瞬鳴ってしまった心臓には、気づかない振りだ。

「――知ったような口、利かないで」

 あたしは、それだけ言い残し、車から降りた。
 そして、振り返る事なく、アパートへと歩き出す。

 ――……何だか、自分が嫌になってきた。

 あのコの言動に振り回されたくなんかないのに……。

 何で、あたしは――……。

 うつむいたまま歩き続け、すぐにアパートに到着する。
 そして、足早に階段を上がり、部屋に飛び込むように入り、鍵をかけると――なぜか、涙が浮かんできた。

 ――……自分で自分が、わからなくなってくる。

 そんな事は、欠片も望んでいないのに――。


 お風呂から上がると、テーブルに置きっぱなしのスマホが光っていて、一瞬、ドキリとする。
 恐る恐る手に取り確認すれば、相変わらずの早川からのメッセージで、ほう、と、息を吐いた。

 ――営業のヤツから聞いた。南工場、出向だって?

 あたしは、無意識に苦笑いを浮かべる。
 すぐに返事をすれば、きっと、アイツは電話をかけてくるだろう。
 そう思い、スマホを伏せた。
 かけてくる理由を作るのは、本意ではない。

 ――……お願いだから、放っておいて。

 すると、そんな願いを無視するかのように、メッセージが続いた。

 ――電話、しても良いか。

 無視し続けられるならしたいけれど、今までのアイツとの出来事を考えれば、それは、不義理に思えた。
 あたしは、迷いながらも、返事をする。

 ――できれば、放っておいてほしいんだけど。

 なのに、そんな言葉は関係ないとばかりに、着信音が響き渡り、あたしは、ため息をつきながら通話状態にする。
「――アンタ、メッセージの意味無いわよね」
『お前が放っておけって言う時は、絶対、何かあるんだよ。心配だろうが』
「何も無いわよ」
 どうして、あたし自身よりも、自分の方が知っているような言い方をするのよ。

 ――あたしのコトは、あたしが一番知っているはずなのに。

『おい、杉崎?』
 無言になったのを不審に思ったのか、早川は、あたしに呼びかけた。
「――それより、何か用なの」
『……お前なぁ……』
 あきれたように言う早川の、苦笑いしている顔が、目に浮かぶ。
『……本当に、大丈夫なんだろうな』
 そして、心配そうに、そう続けたので、あたしはため息をついた。
「大丈夫よ。――向こうの経理事務の人が退職するけど、次が決まらないからって。決まったら、戻るでしょうよ」
『――そうか。……南工場の人達は、大丈夫なのか?』
「こちらが申し訳無くなるくらいに、良い人達ばかりよ。――いらない心配はしないで」
 そう返せば、早川は安心したように、息を吐いた。
『なら良いんだ。――まあ、何かあったら、教えろよ』
「何があるっていうのよ」
『――何も無いのが一番だ』

 言葉遊びのような返事に、思わず苦笑いが浮かんだ。
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