愛を知らない悪女は悪魔様に拾われる。
第二章 不幸な始まり
 春の野原の香りが、春風に運ばれて窓辺から入ってくる。温かい太陽の光が部屋全体を照らし、花瓶に添えたヒペリカムの花が強く輝く。春の訪れを感じるこの日から私の三度目の人生が始まるのだ。
 結局二度目の人生は、カトリーヌの仕業によって20歳以降も生き延びるという目標を果たすことができなかった。もしかしたら今回もまた失敗に終わるのかもしれない。それだけは嫌だ。このループから早く抜け出したい。そう思って私は今日も一生懸命生きるのだ。

 まだ早朝であるが、家族のために私だけ早く起きる。この家の中では一番カトリーヌが愛されているといえるだろう。私はいつも召し使いのようにこき使われているのだから、正直言ってカトリーヌが羨ましい。でもこの家で私が愛されることなんて絶対にない。その感情を胸にしまい込んで私は朝の家事をこなした。
 朝は使用人が来ないので、私が代わりに働くのだ。洗濯、馬の手入れ、邸宅の掃除、洗濯ものをたたむ、朝食を作るなどの仕事があり、季節や環境に仕事量が左右する。家事をしていると日が大分高く昇っているので、リビングのベルで家族に朝食の準備を終えたことを知らせる。数分後、ガタガタと二階から降りてくる足音が聞こえてきた。
「私の愛するカトリーヌよ、おはよう。」
母アニーの声がする。もちろん私には朝の挨拶をかけてもらう事はないけれど。
 皆が席に着き、朝食を食べているのを皿洗いをしながら見ていた。でも朝食の時間は私にとっては憂鬱だ。なぜなら……
「まあ! この朝食は何てこと! 」
静かだった部屋に鼓膜がキーンとなりそうな高い声が響く。
 ああ、いつもの事だ。お母様が私を手招きしてくるのでテーブルの方に向かう。
「ねえ、あなた。朝食をまともに作る事もできない、この役立たず。こんなものを口にしたら、舌が壊れそうだと考えたことはないの? 」
人がイライラしている顔をこれまで何度見てきたことか。
「お言葉ですが、食材はいつもの市場から仕入れたものです。それとこの朝食は、使用人のレシピをもとに同じ手順で作りました。」
そういうと、お母様は耐えられなくなったのか、私の頬に平手打ちが飛んできてダイニングルームにビチンッという音が響く。
「ふざけるのも、いい所ね。なぜあなたはカトリーヌのように、器用じゃないのかしら。こんな者が同じ家にいるだけで恥ずかしいったらありゃしない。床に頭ついて、謝りなさいよ! 」
言われた通り『ごめんなさい。』と床に手と頭をつけて謝った。これが一番早く済み、お母様の怒りも収まりやすい。
 だけど今日は土下座だけじゃ満足いかなかったようで、朝食に出した何の害もないシチューの皿を持ち、まだ熱いのに私は頭からそのシチューを浴びた。ジュッというどこか焼ける音がして次の瞬間、それらは痛みに変わる。そして時期に熱い、痛いそんな感覚もちゅっとずつ麻痺してくるのが分かった。
「あら、シチューが床に飛び散っているわ。後で皿のように磨くのよ。」
フフと笑って、家族がまだ一口も手に加えていない朝食の乗ったテーブルを後にした。
 いつもの事だ。そしてそう思うのもこれが何度目かしら。思い出すのも嫌になって、テキパキと手際よく後片付けをしていく。もちろん先ほどのシチューは雑巾で奇麗に拭いた。一通り頭から浴びたシチューを洗い流して、数少ない服の中から新しい作業服に着替えた。そんなことをしているとおなかが空き、家族が食べなかった朝食を取っておいていたので少し冷めたものをキッチンの隣にある少し薄暗い二人用テーブルで食べる。この朝食は使用人のレシピであるので、なかなか美味しかった。

 午後にはまた明日の朝食の食材を買いに市場に出かけた。市場は好きだ。顔の知っている人物は少ないけれど、私なんか気にも留めずにぎわっている様子を見ていると逆に落ち着くのだ。そして行きつけの八百屋に入った。
「おお、嬢ちゃん。野菜安くしておくよ。」
この店で唯一私の顔を覚えてくれているおじさんに声をかけられて、その安くなった品物をかごに入れた。お会計を終えて次はどこに行こうか悩んでいる時にある人に声をかけられた。そうここの村で仲良くしてもらっている、ジェリー叔母さんである。
「あら! エラちゃんじゃない! でもその頬どうしたのよ!? 」
私の頬は少し不格好に腫れていた。そう昼の事件のせいである。叩かれて少し傷つきそこに熱々のシチューを浴びたので、頬に強い刺激を感じる時が少々訪れる。
「ちょっと、転んでしまって……。」
もちろん嘘をつく。私の事を心配してくれるのは、正直ジェリー叔母さんしかいないがだからこそ心配をかけたくないから。
「フフ。でも年頃の公爵令嬢がそんな顔をしていると、色々と良くないから私の家に来なさい。」
叔母さんは感が鋭いから、多分今の笑いは何のことかもう気づかれたに違いない。大人しく叔母さんの家に上がらしてもらうことにした。そして怪我の手当てをしてもらい、三時の鐘が鳴ったので急いで家に帰った。

 家に帰ると使用人が夕食の準備をしていた。もちろん、使用人の手伝いもする。そしてあの事件からあっていなかった家族が、夕食のためテーブルに集まっていた。
「今度、エルファル邸の会場で夜会があるらしいな。そこでエルファルの令息の花嫁候補を決めるらしい。そこで可愛いカトリーヌよ、令息の婚約相手になるのだ。」
「ええ、もちろんです。お父様。」
昼の市場で夜会の話は聞いていたが、花嫁候補の事は知らなかった。でも私もヴィリアン家の長女である。公爵令嬢の私が貴族の集まりに一つでも出欠するとヴィリアン家に悪評が立つだろう。裏でこそこそ準備を進めなくては。
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