契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
 ――私がこの場でできることは一つもない……いっそもっと奥へ隠れて耳を塞ぐ? そうすれば盗み聞きしたことにはならないよね……

 好奇心旺盛で人の噂話が大好きなら、目立つ二人が繰り広げる修羅場に嬉々として耳を傾けるのかもしれない。
 しかし希実は他者の醜聞に興味がなかった。
 芸能人のゴシップにも関心はないのだ。まして今後も顔を合わせる機会がある社内の人間のいざこざなんて、一ミリも関わりたくなかった。

 ――少しずつあの二人から離れて……

 四つん這いになり、慎重に移動する。
 つい音を拾いそうになる耳を戒め、彼らのやり取りは意識の外へ追い出した。
 万が一二人がこちらへ視線を向けても、絶対に希実が視界に入ってはならない。
 今なら意志の力で透明人間になれるのではないかという強さで、消えてなくなってしまいたかった。

「……私を侮辱するの? 東雲さんだって私が恋人に相応しいと思っていたから、本気で噂を鎮めようとしなかったんでしょう?」
「そこが一番の勘違いです。くだらない話なので、敢えて真剣に訂正するまでもないと考えていただけです」

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